努力。

「努力は必ず報われる」と言いますが、実際はどうなのでしょうか?
「報われる」という人もいれば、「報われない」と言う人もいると思います。
この答えは分かれるのではないでしょうか。

努力とは、「目標を実現するために、心や身体を使ってつとめること」を言います。

努力について僕なりに考えてみました。

 

僕は、努力は必要ですが、頑張って努力することは、目標を達成するための最善ではないと思っています。
それはプロ野球で活躍する選手と話すと、努力をしたという感覚ではないからです。

僕がロッテでプレーしていた時に2人の首位打者を身近に見ることができました。
1人が先日2000本安打を達成した福浦さん。
もう1人は、僕と同期入団でもある角中選手。

2人に共通していることは、練習をよくするということです。
しかし、その練習には、努力しているという感覚はまったくないように感じます。
ただの習慣です。
その証拠に、角中選手は「練習は嫌いだからやらない」と言います。
角中選手は時間さえあれば、バッティング練習をしているイメージです。
試合開始直前まで、室内練習場でバッティング練習をし、試合が終わった後も、室内練習場でバッティング練習をしています。
もう角中選手の中ではバッティング練習は、練習ではないくらいの感覚に聞こえます。
習慣になっているので、努力をしているとは思っていないのではないでしょうか。

福浦さんも同じで、トレーニングルームでトレーニングをし、バットを振っている姿を、毎日見てきました。
ナイターの試合が終わった後でも、いつも行われていました。
これは完全に習慣になっていました。

このような経験から、僕は、努力は夢中には敵わない。
そして、夢中は習慣には敵わない。と感じました。

僕自身も、野球に夢中になり、どうしたら上手くなるのかを考えるのが習慣になっていました。
たまたま、このような競技に出会えたというのは、ラッキーだったと思います。

そうでない場合は、努力することを、辛いと思わないで、楽しいと思えることを探す努力をしたり、練習やトレーニングが、習慣にできるような努力をする、ということも必要なのかもしれません。

初めは、努力すれば夢は叶うでいいと思いますが、上のレベルになればなるほど、頑張って努力することでは、勝負にならないということを感じなければ、人生が辛いものになってしまいます。

そうならないためには、本人が「努力を評価してもらおう」と思って努力するのではなく「努力は評価されない」と思って努力することが大切だと思います。
この2つの考え方には、大きな違いがあると思います。
努力を評価してもらおうと思えば、目的が上手くなることや成長することから、評価を上げることに変わってしまいます。
努力は評価されないと思えば、結果を示さなければと考えるので、自分に厳しくなり、言い訳や人のせいにすることがなくなります。

努力をすることが目的では、努力が報われないということが起こると思います。

すぐに結果が出なくても、当初の目標に近づくということがとても大切で、それを根気強く積み重ねていくことで成長します。

やろうと決めたことを徹底してやる。
その中で「何を練習するか」だけでなく「何ができるようになるか」
こなすことではなく「どうなりたいか」をはっきりさせることが大切です。

それが進めば「頑張ろう」というのもなくなっていき、自然に練習に取り組めます。

よく、辛く厳しい練習に耐えて、自信をつけるということを聞きますが、自信を持つことはとても重要なことですが、努力で自信をつけることは簡単ではありません。
自信は考え方や性格によって変わりますが、厳しい練習だけで自信をつけられる選手は、ごく少数だと思います。

ただ厳しい練習に耐えるのではなく、努力の方向性を考えなくては自信を持つことは、なかなかできません。
問題意識を持ち続け、技術を向上させ、経験を積む。
相手の弱点やパターン、癖などを見つけ、優位に立つ。
自分がやるべきことに集中する。
先を予測し準備を重ねていく。
このようなことが揃い、「あとは自分を信じてやろう」となって、自信になります。

 

努力をし続けているように見える一流選手は頑張っているわけでもなく、楽しんでいるわけではなく、いつものことをしているだけというような感覚です。

努力の方向を、習慣を作るために努力する、ということに変えることも重要です。

努力は報われるのかはわかりませんが、努力することにより、成長や喜び、満足感、などを得ることはできます。
充実した日々を送れるようにするためにも、努力は必要だと思います。