生涯学習。

生涯学習という言葉は最近よく使われるようになってきています。
学習するということは、生きていくうえでとても重要なことです。

その学習を2つの側面から考えてみたいと思います。

 

ひとつが自分が成長するために学ぶという学習です。

もうひとつが社会が変化するにつれてそれに適応するためにする学習です。
すでに学習したことの構造を変えるということでもあります。

赤ちゃんや子供の学習は、自分が成長するために学ぶことが中心に行われてます。
参加しているコミュニティが家族であり、そのあと仲間ができてきて、学校に行ってと、大人に比べ、社会に十分参加していないので自分が成長するために学ぶことが中心になります。

もうひとつの社会が変化するにつれてそれに適応するためにする学習は、大人になってから様々なコミュニティに属し、その社会を構成し、動かしているときに重要度が増し、行われる学習です。

どちらの学習も重要ですが、昔に比べ、近年は、後者の学習力をつけることが重要視されています。
なぜなら、社会が変化するスピードが格段に上がっているからです。
昔は時代の変化するスピードも遅かったのでこの学習能力はそこまで重要視されていなかったのですが、現代は時代の変化が加速度的に起こっているからです。
仕事を例に出しても、僕が学生の頃には、ユーチューバーという仕事もなかったしプロのeスポーツ選手が生まれるなんて想像もできませんでした。
もちろん、将来ユーチューバーになりたいなんて人はひとりもいませんでした。そもそもユーチューバーという言葉すらありませんでした。

今後更に、様々なことが今までにないスピードで変化していくことが予想できます。
今持っている知識だけで、10年、20年先の社会で生きていくことは難しいと思われます。
だから「生涯学習」と言われるようにいつまでも学び続けることが求められてきています。
社会が変化するにつれてそれに適応するために必要な学習という部分が重要であるということです。
これが、国を挙げて、「生涯学習できる人」を育てようとしている理由だと思います。

 

スポーツに求められることも同じです。
日本のスポーツは、体育と混合していることから、多くの選手が練習や課題は、指導者に用意して貰って、与えられてやるものだと思い込んでいます。
思い込まされていると言ったほうが妥当なのかもしれません。

しかし、社会が求めている「生涯学習できる人」とは、スポーツでは課題を自分で見つけて練習できる人のことです。
自分の理想とする選手に近づけるよう自ら考えることができる選手です。

僕は、スポーツを上手く使うことができれば、スポーツはこのような力を育むことに非常に適していると思っています。
スポーツもテクノロジーの進化により、様々なことが証明され、どんどんレベルが上がってきています。
ピッチャーの球速を見ても、僕が、小さい頃は140キロを投げることができるピッチャーは注目されていましたが、今は150キロを投げなくては注目されません。
ここ何年かで、格段にレベルが上がっていると感じます。
プロ野球では、どんな選手でも進化していかなければ毎年成績を残すことは難しいと思います。
これは他のスポーツでも言えることだと思います。
スポーツでは、現状を見て、課題を見つけ、それに対して目標を明確化します。
そして、練習内容やトレーニングを決定し、実行します。
その振り返りをし、次の目標の設定をしていきます。
これを繰り返していくことが上達に繋がります。
これを根気強くできることが求められます。
これができるということは、「生涯学習できる」と同じことです。

学校教育でやろうとしていること。つまり、国が求めている人材を育成することにスポーツが適しているということです。
スポーツで、課題に対して、調べて、情報を入手し、そこから学んで、問題を解決する能力を身につける。
「学ばなければならないのだ」という心構えと「学ぶ方法を知っている」という学習技術は様々な分野で活かせます。

 

スポーツを通じて、どんな社会になろうとも、その変化に適応する力を身につけることができると思います。
そのためには、指導者自身が学び続ける姿勢を持ち、時代の変化に適応していく必要があります。
スポーツ界は時代遅れと思われるのではなく、スポーツ界が時代の先を目指していくことが重要だと思います。

アメとムチ。

前回、「基礎・基本」が重要だという話をしましたが、それを身につけるには本人の根気とやる気がなければなかなか身につけることは難しいと思います。
人が行動を起こすにはやる気が必要です。
どうやったらやる気にすることができるのかという話をしたいと思います。

 

人が行動を起こすきっかけの根本には「やりたい」か「やりたくない」かがあります。
「やりたい」と思うきっかけは、自分が達成したいと思うような、自分が希望する何かがあるときです。
こうしたいという面に注目し、自分や他人にとって良い結果をもたらすように行動計画を立てます。
「やりたくない」と思うきっかけは、自分が避けたいストレスや不快な何かがあるときです。
自分の周りに潜んでいるリスクに敏感になり、最悪な事態を考え、そうならないように計画を立てます。

「アメとムチ」で説明するなら、「アメ」は報酬を得るために「やりたい」というきっかけでやる気を促し、「ムチ」は罰を避けるために「やりたくない」というきっかけでやる気を促すということです。

この「ムチ」は短期的にだけ考えると効果的です。
なぜなら、大抵の人は「アメ」と「ムチ」が近くにあるときには、「ムチ」の強さの方が「アメ」の強さよりも強いからです。
安全を確保するのは動物の本能だからです。
しかし、「アメ」と「ムチ」が遠くにあるときには、これが逆になり、「アメ」の強さの方が「ムチ」の強さよりも強くなります。

暴力や脅しで恐怖を与えるようなやり方が近くにある場合と、報酬として何かが与えられるというやり方が近くにある場合では、恐怖を避けようとすることの方が選ばれやすいということです。
しかし、これが遠くにある場合は、恐怖を避けようとするよりも報酬を得たいと思う方が多いということです。
だから、短期的にだけ考えると「アメとムチ」では「ムチ」の方が効果的だと言えます。

「ムチ」による「やられたくない」から行動するというのは、ストレスを避ける行動です。
ストレスは過度にかかると、多くのマイナスな結果を引き起こすことは証明されています。
ストレスがかかると短期的には活気づけられますが、長期的にわたってストレスを感じながら生きていると、病気のリスクも高くなります。
罰に対して逃避行動を取ることは、人間の自然な反応です。
これがいつもだと、結局、ストレスを受けたくないという思いから行動を考えるようになってきます。
脅しの環境を逃れないと、いつかは練習や競技を続ける意欲がなくなります。
脅しを多用する環境では、安心して時間を過ごせるようにいつの間にか、その環境を避けるようになっていきます。
過度のストレスを受けている選手が練習が休みだと喜ぶというのはこの最たる例だと思います。

「ムチ」を避けるというきっかけで行動するのは、自分を成長させるという考えや良い結果を出すという考えにはなかなかなりません。
そうすると、結果を得るための過程は重要視しなくなります。その結果、練習で手を抜いたり、相手を蹴落としたりミスや間違いを隠しがちになるということが起こり、成長が促されません。

それなので僕は、「ムチ」で指導するというやり方は「絶対にダメだ」とは言いませんが、リスクがありすぎると思っています。

 

その反対の「アメ」を上手く使うことで得られることは多くあります。
プロ野球で活躍しているような選手は、練習やトレーニングを楽しんでやっていて、失敗したり怒られることを回避する手段としてではなく、自分の理想に近づくための手段として練習を考えています。
プロ野球選手のやる気は自分がやりたいからやっているという考えで行動しているということです。

多くの能力を自分が考え、行動することで必ず取得できるものだと信じています。
ミスや間違いは練習が足りなかったという証拠になります。
考えてやれば上手くなるのだと信じて、間違いを自分の能力不足の証拠として恐れることなく、目標達成の手段として使うことができます。
新しいことを試してミスをして、そこから学びます。失敗はその時には悪いかもしれませんが、長い目で見れば成長へのきっかけになります。
さらに、自分のミスだけでなく、他の人のミスや過去のことからも同じように学ぶことをしています。

さらにトップ選手は、他人から与えられる「アメ」だけでなく、自ら「アメ」を用意して行動するのでやる気を保てます。
そのポイントは上手くなっている、なっていないが感じられることです
費やした努力の量とそれに合った成長の関係を知ることは、やる気を起こさせるコツで、達成した時の喜びを報酬として得ることです。
それを経験させ、実感させることが重要です。

 

普段「ムチ」を使わない人がごくたまに「ムチ」使えば、あまりやる気が見られない人をやる気にさせるのに効果があると思います。

成長を促すにはアメとムチをバランスよく使うことは必要です。
しかし、してはいけないことはそのバランスが「ムチ」側に傾くことです。
罰が強くなりすぎては、競技が嫌いになったり、ストレスにより身体を壊してしまいます。
褒めながらバランスよくストレスを掛けていくことが成長を加速させていくと思います。

基礎・基本

僕は、野球の基本というのはとにかく重要だと思っています。
基本がしっかりできているからこそ、そこから応用して様々なことができるようになります。
基本があってこその応用なので早いうちに基本を身につけることは大切なことだと思っています。
そんな基本を身につけるための話をしたいと思います。

 

基本を身につけることは大切と言いましたが、だからといい、いきなり基本練習を繰り返して基本を身につけようとしてもなかなか上手くいきません。
なぜなら、基本を身につけるためには、基本を身につけるための基礎的な部分が必要だからです。
基礎的な部分とは、基礎体力であったり、基礎的な動きのことを言っています。
基礎体力は運動の基本になっていて、体力がないと運動はできません。極端に言えば、寝たきりの人が運動をしようと思ってもできません。
当然基本動作を身につけることも難しいです。

基礎的な動きは、しっかり立つことから始まり、そこから歩く、走る、跳ぶ、前後に移動する、横に移動する、などの動きがあります。
投げる、捕る、振る、なども動きの基礎的な部分です。
このような動きをスムーズに適切にできる身体操作の基礎がなければ基本動作を身につけることは難しいです。
基礎ができてこそ、難易度の高い動きへ変えたり、ひとつの動きから類似した動きや、多様な動きを獲得していくことになっていきます。

 

野球の基本と言われる動作の前に身体操作の基礎・基本があるということです。
この身体操作の基礎を身につけるには遊びの要素がとても適していて、外遊びの中で自然と覚えていくことができます。
夢中になって遊んだ経験が、知らぬ間に効率的なトレーニングになっていたということです。
外遊びのような経験が少ない選手にはトレーニングとして行う必要があります。
走る、跳ぶ、投げる、捕る、などいくつかの基礎的な動きが組合わさり身体操作の基礎となります。
その動きの基礎ができていないのに技術の基本を身につけることはなかなか難しいと思います。

例えば、守備の基本練習として腰を落としてボールを転がして捕るという練習をよく見ますが、この練習こそ、身体操作の基礎がなければ効果的ではありません。
「腰を落とせ」と言われたときにお尻を落とすような身体の使い方をする選手は、先ずは「腰を落とす」という基礎的な動作をできるようにしなければなりません。
両足を広げ、裏もも(ハムストリング)を上手く使って、股関節を折るような動きで腰を落とすことができなければ、形だけ低く構えられるようになり、逆に動けなくなり守備力が向上しないということが起こってしまいます。
このように守備の基本を身につけるには、身体操作の基礎ができているかが重要になります。
その基礎的な動作をできるようにすることが先決です。
(そもそも「腰を落とせ」と言う表現が選手がどう感じるかを知る必要があります。「腰を落とせ」と言われ、お尻を落とすような選手には別の言葉を選ぶべきです。)

 

野球が上手くなるためには、基本を身につける。
その基本を身につけるためには、身体操作の基礎を身につける。
そこから応用していくということが野球が上手くなることにつながると思います。

応用力をつけることも、とても重要ですが、応用力とは、基礎・基本がしっかりあった上で探究し新しいことにチャレンジすることでついていきます。
上手くいくこともいかないことも含め、「これはこうだった、次はこうしてみよう」とリフレクションし試行錯誤を繰り返した結果で伸びていく力です。
応用力は、基礎・基本を身につけた選手が自分自身でしか伸ばせないものだと思います。

例えば、投球動作を身につけたピッチャーがボールの握り方を変えるという応用をすることで、変化球を投げることができます。
基本となる投球フォームがなければ効果的な変化球を身につけることはなかなか難しいことだと思います。

プロ野球選手やメジャーリーガーの投球フォームやバットを振るフォームも人によってさまざまなスタイルがありますが、これも基本の応用のひとつの形と言うことができると思います。

 

基礎・基本が身についてるからこそ、高いパフォーマンスが出せます。
だからこそ基本というのを大切にしていくことが重要です。
その基礎を作るのが遊びなので、野球が上手くなりたければ、遊びを大切にするということでもあると思います。

大人の熱心さが子供の成長を止める。

僕が子供たちの指導をする上で、どのように考えているのかを書いてみました。
先ず、根本にあることは「子供の才能を潰してはいけない」ということです。
子供ひとりひとりを大切にし、どう才能を伸ばしていくのかと考えれば、行動は決まってきます。
何か参考になることがあればと思います。

 

いつも考えていることは、子供を変えようとするのではなく、子供を変えるために自分がどう変わるかということです。
子供を変えようと大人が熱心になりすぎることで、才能が潰れていくのをたくさん見てきました。
子供に合わせることをせずに、「自分のやり方はこうだから従え」というやり方では、多くの選手は伸びません。
子供のためを思い「勉強しろ」「練習しろ」「真面目にやれ」などと言いうことにより、伸びない子供に変えていってしまってると感じることが多々あります。

多くの選手が練習や課題は、指導者に用意して貰って、与えられてやるものだと思い込んでいます。
それは、大人によって思い込まされているとも言えると思います。
少なくとも、僕の見てきたトッププレーヤーにこのような考えの選手はひとりもいませんでした。
課題は自分で見つけて、それに対して練習します。
自分の理想とする選手に近づけるよう考えるということです。

僕は「教えたことは身につかない」と思っています。
教えたことが身につくのなら、みんなテストで高得点を取れるし、みんなプロ野球選手のように上手くなれるはずです。
いつもフォアボールを出すなと教えられている野球のピッチャーがフォアボールを出すようなことはなくなるはずです。
しかし、現実はそうなっていません。
多くの指導者が、自分が教えられて身につかなかったことを体験していながら、子供たちに同じことをしています。

僕は、選手に技術を教えて上手くさせようとすることは選手のためにならないと思っています。
指導者が選手を上手くするのではなく、勝手に上手くなる選手にどう変えてあげられるのかを考えるのが指導者だと思っています。

本人が「どうしたら身につくのか」「どうしたら上手くなるのか」考えなければ身につきません。
重要なことは考える習慣を作ることです。
早く結果を出させようと、考える時間を削り、答えを教えていくことで、考える習慣が失われていきます。
そうすることで知らず知らずのうちに子供の才能が潰されていきます。

正しいことを教えることで成長するという考え方は、勉強や練習の本質ではなく「自分はこう考える」や「自分はこう感じる」「こうやってみよう」というように、あくまで自分で決め、行動に移すことが重要だと思います。
自ら学びたいと思い、学び続けることが成長に繋がります。
スポーツを通じて主体的に学び、自分で考えることが好きになれば、その先の将来にも役に立つと思います。
「今結果を出すことだけに関心を置く」「試合での勝利にこだわりすぎる」「大人主導の練習をする」「練習を多くやらせる」「上手ければなんでもいい」などの考え方では、子供の才能を引き出せません。

野球やスポーツや勉強自体を好きだったり、考えることや学びが好きになった上で次のカテゴリーに進むのと、もう野球やスポーツは嫌だな、勉強は嫌だな、というふうに感じて次のカテゴリーに進むのでは、その後、大きな差になることは想像できます。

 

大人や指導者に求められることは、完全な人間はいないという大前提の上で、子供の存在自体を認めるということです。
子供はみんな未熟です。
どんな子供にも居場所が必ずあるということを本人に理解させることをしなければなりません。
どんなに野球が下手だろうと、どんなミスをしようと、どんなに悪いことをしようと、その中でも、子供が持っている輝ける部分を見つけてあげることが指導者だと思っています。

そもそも大人ですら完璧な大人はいないわけで、子供の未熟さにイラッとしてしまう時点で、大人が自分はまだまだ未熟であると思うべきです。
大人が子供にイラッとするというのは、大人自身に弱さがあるからであり、自分の我慢強さが足らないことや自分の思い通りにならないことで怒りを生んでいることを正当化してはいけません。
大人自身が自分の弱さを認めることができれば、子どもの未熟なところにいちいちイライラしなくなります。
逆に言えば、子供の未熟さにイライラしてしまうということは、大人自身が自分の未熟な部分を直視できていないということです。
自分が未熟なのに子供にだけそれを直させようと考えるのは、難しい話です。
子供と一緒に成長していくということが大切な心構えだと思います。

 

つまりは、子供を成長させたければ、自分自身を成長させなければならないということです。
自分のやりやすいように管理するよりも、突拍子もないことをする子供に接する方が、自分自身の引き出しも増え、より成長できます。
それが、子供の才能を潰さないことにつながるのではないかと思います。
子供を育てているようで子供に育てられている。
この関係が重要なのではないかと思います。

理想のフォームを身につけるには

前回の投稿で「フォームの重要性。」についての話をしました。
だからといい、フォームを教えても選手はよくならないということが現実だと思います。
多くの選手がフォームに明らかな改善点があるにもかかわらず改善できません。
実際に、フォームを教えても身につけることができないという選手をたくさん見てきました。
僕自身も、フォームを変えることが大変であるということは、たくさん経験してきました。

 

フォームを変え、身につけることは簡単ではありません。
しかし、大谷選手は足を上げる打撃フォームから足を上げない打撃フォームに数日間で変え、結果につなげました。
ダルビッシュ選手もどんどんフォームが変化していっています。
イチロー選手の打撃フォームも毎年のように変わっていました。
フォームを身につける差はとんでもなく大きな差として存在しています。
何年かかっても身につけることができない選手もいれば、数日で身につけるとこができる選手もいます。

僕はこの差を能力として捉えています。
僕の提唱する「スポーツセンシング」とは、このような能力のことも含めて言っています。

 

理想のフォームを身につけるには
・何が良いフォームで何が悪いフォームかを知る。
・理想のフォームをイメージする。
・現状のフォームを知る。
・現状と理想を埋めるために必要なことを決める。
・練習を決める。
・必要なトレーニングを決める。
・練習を実行する。
・練習を繰り返す。努力を続ける。
・身体が動きを記憶する。
・感覚をすり込んでいく。
・どう変わったのかを振り返る。
・再構築して次の行動を決める。

簡単にフォームを改善するといってもそこにはたくさんの能力が必要になります。
上に挙げたことがひとつでもできなければ、理想とするフォームを身につけることができない確率が高くなります。
フォームを教えることよりも、どの作業をする能力が低いのかを知り、そこを優先的に鍛えることの方が重要だと思っています。

理想のフォームがわからずに、イメージできないのであれば、メカニックの仕組みを理解する必要があります。
努力を続けられないのであれば、努力できる選手に導くことが選手のためになります。
努力をしてもフォームが身につかないのであれば、努力の方向性を考えなければなりません。

ただフォームを指摘するだけでは、人によっては不十分だということです。
自分の身体がどう動いているのかわからないという選手は非常に多くいます。
そのために、理想としているフォームと実際の自分のフォームの違いがわかりません。
そんな選手にフォームを「こうしろ」「ああしろ」と言ったところで効果的だとは思えません。

形を教えても見た目ではどこの筋肉がどのタイミングで使われているのか等は、なかなかわかりません。
外見上の形だけでなく、動員する筋肉や力を入れる(力を抜く)タイミングなど僅かな違いがとても重要なことです。
つまり、本人の理解なしに理想的なフォームを身につけることは難しいということです。
だから、人から教えられてもなかなか変わらない選手が大多数ではないかと思います。

理想的なフォームに変えていくことができるのが能力なら、理想的なフォームを身につけられないのも能力ということです。
「こういうフォームにしろ」という指導で追い込まれていく選手を多く見てきました。
野球のピッチャーでは「テークバックをこうしろ」という指導でおかしくなる選手が本当に多くいます。
フォームをどう教えるのかで、選手の人生を左右します。

 

僕の考えは、フォームを教えるよりも、フォームを身につけられる能力を鍛えることが必要だということです。
この能力を持った選手は、自ら、フォームを理想に近づけていくことができます。
逆に、この能力がなければ、どんなにフォームを教えたとしても、成長に繋がりません。
パフォーマンスを発揮するにはフォームが重要ですが、単純にフォームを教えれば解決するわけではないということです。
指導者に「選手を成長させるために何ができるのか」という考えがあれば、一方的にフォームを押し付けるとはならずに選手に寄り添って考えることができるのではないかと思います。

フォームの重要性。

野球では、打つのも、投げるのも、走るのも、守るのも、とにかくフォームが重要です。
これは野球だけでなくすべての競技に言えることだと思います。
パフォーマンスを発揮するにはパフォーマンスが発揮できるフォームでプレーすることが重要です。
そんなフォームの話です。

 

野球の投球でフォームが重要なのは、始球式を見れば分かりやすいと思います。
「おっ」と驚くようなボールを投げる人はそれなりのフォームをしています。
逆に、とんでもない方向に投げてしまう人やボールがキャッチャーまで届かない人はフォームに問題があるということは野球経験者ならわかると思います。

スポーツの技術の向上はフォームの向上でもあると言えます。
逆に言えば、フォームが変わらなければスポーツの技術もなかなか向上しないということです。

 

しかし、「正しいフォームを教えてくれ」と言われてもなかなか正しいフォームを示すことはできません。
なぜなら、「正しいフォーム」とは、何をもって正しいと言っているのかがわからないからです。
人の身体はそれぞれ違います。
体格も違えば、骨格も柔軟性も筋力も持久力も耐久力も回復力も違います。
野球の投手の投球フォームでは、肩や肘を痛めないフォームが正しいのか、速い球を投げられるフォームが正しいのか、バッターを抑えることができるフォームが正しいのかわからないからです。
正しいフォームとは、選手や目的によって変わってくるということです。
極端な例えを出すと、ウサイン・ボルトの走るフォームが正しいから同じフォームを身につけろとフルマラソンの選手に言いますかということです。

大きな力を生み出すのに適切なフォーム。
素早く動くのに適切なフォーム。
素早く回転するのに適切なフォーム。
長時間反復できるのに適切なフォーム。
すべて違います。

選手それぞれが、どのような選手を目指し、どのようなパフォーマンスをしたいのかを考えた上で、その選手の身体にあった理想的なフォームを追求することが重要です。

野球の投手で言えば、関節に掛かる負担を極力少なくできるか。
「ボール」に対してどれだけ大きなエネルギーを伝えることができるか。
同じ動きをどれだけ再現性高く繰り返すことができるか。
いかにバッターにタイミングを合わせにくくできるか。
などを考え、理想とするフォームをイメージしていきます。
そしてそのイメージしたフォームを身につけるために練習します。
いかに試合で理想的なフォームを繰り返せるかが勝敗を左右します。
そのために普段から理想のフォームを徹底して作り、いざという時にそのフォームで投げられるようにする必要があります。

 

フォームによって、怪我のリスクを減らすことができたり、疲れにくくなったり、リラックスできたりと楽にプレーすることができます。
無駄を省くことでパフォーマンスを上げることもできます。
見た目も、しなやかで綺麗でカッコよくもなります。

練習の効率を高めることにもなります。
フォームが悪ければ、いくら練習を重ねたところでその効果はなかなか得ることができません。
フォームが悪いと刺激が入ってほしい筋肉に刺激が入らず、筋肉も成長していきません。
走るフォームが良ければ、走れば走るほど筋肉は発達していきますが、走るフォームが悪ければ発達してほしい筋肉に刺激が入らずに筋肉が発達していかないということです。
フォームと体力は密接な関係にあり、トップアスリートは、フォームが悪いから体力がつかないのか、体力がないからフォームを身につけられないのかを考えなければなりませんが、トップアスリート以外の大半は、フォームが悪いから体力がつかないと考えるべきだと思います。
「ピッチャーの体力がないから投げ込みをさせる」となる前に、フォームを良くしなければならないということです。
悪いフォームで投げ込みをすれば、悪いフォームを脳や身体が記憶していきます。
フォームを修正していくのには集中力が必要です。
今までの癖や動きのパターンをやらずに、違う動きをするのには集中力を高めなければできません。
その選手の集中力が続く範囲で練習を切り上げるべきです。
集中できない状態でフォームを変えることは難しいということです。

 

フォームを良くしていくことが、どの競技でも、とても重要なことです。
どうしたら理想的なフォームを身につけられるのかを考え、アプローチすることが、競技力を上げる一歩になると思います。

教育の優先順位。

スポーツをする目的のひとつに教育があると思います。
教育と言っても、技術を教えるのも教育。身体を鍛えるのも教育。人格を育てるのも教育。
教育には様々あります。
僕のスポーツを通じた教育に関する考え方です。

 

僕は教育の優先順位を間違えないように気をつけています。
優先順位の上にあるのは、人間性を高め、人格の形成を目指すということです。
人として生きていくには、理性や倫理があり、外れることなく生きることをしなければなりません。
社会に出て、真っ当な生き方ができる人に育てるのが教育です。
理性や倫理は人である以上、全員が持っていなければいけません。

これを育むのに必要なことがスポーツパーソンシップを理解し実行することです。
スポーツパーソンシップとは「感情の抑制」「相手に対する思いやり」「フェアプレー」そして「卓越性の追求」です。
理性を保ち、周りを尊重し、ルールや倫理を守る。そして自分を育てるということです。

優先順位のその次が、それぞれの人が持つ目標が達成できるように、技術や身体を教育することです。
この優先順位を守ることが教育では重要だと考えています。

これは技術や身体教育が重要ではないと言っているわけではありません。
技術を習得したり身体を育てることで、自分の可能性を広げていくことができます。
しかし、これらの技術や身体をどのように使うのかは、人間性や人格が関係してきます。
スポーツパーソンシップに則ってプレーすることができなければ、いくら技術を身につけようとスポーツにはなりません。

ドーピング違反がこの優先順位を誤ったいい例だと思います。
技術や身体を作るためにアンフェアなことをするということです。
これからのドーピングはゲノム編集なども考えられます。
遺伝子操作は倫理の問題でもあります。
高度なドーピングが考えられる今こそ、倫理を守ることが必要だと思います。

ドーピング違反は規則違反なので厳しく罰せられますが、ルールがなくても守らなければならないのがスポーツパーソンシップです。
指導者はスポーツを通じて人間性や人格を育てる努力をしなければなりません。
試合で勝つというのは、その上で目指すものです。
どうしても勝負がかかると熱くなりこの優先順位を誤りそうになりますが、指導者が理性を保ち、行動で示すことで、選手の人格形成につながっていくのではないでしょうか。
指導者がスポーツパーソンシップに則った行動をできなければなかなか選手が育つことは難しいと思います。

 

僕は、選手に対して、「人格を磨く」「自分自身を成長させる」などの人生の目的を持つことの重要性を伝えています。
幸せになるために自分を育てるということです。
そう思えれば、自分の感情をコントロールできます。
我慢強くいられ、現実を受け入れ、不幸を幸せに変える努力ができます。
人のためになるように一生懸命に働くこともできます。
自分を育てるという目的があれば、ストレスになるような出来事や嫌なことも「成長のためのいい経験」と捉えることができると思います。

 

優れた人格を持った人が高い技術を使うことで、様々なところで評価されます。
技術を持ってもそれを真っ当に使えなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。
逆に、優れた人格を持っていても、技術がなければ人の役に立つことがなかなかできません。

スポーツの素晴らしさのひとつが、人の教育に適しているものだと思っています。
スポーツではスポーツパーソンシップを理解し少しずつでも実行できるように努力することで人格を育てることができます。
そこから、技術の習得を目指すことで、生きていく力をつけることができます。
自分で課題を見つけ、それに対してアプローチすることで、技術を身につけていきます。
生きていく力とは、技術を習得するやり方であり、課題をクリアするやり方です。

しかし、先程書いたように、教育の優先順位の上には、人間性を高め人格の形成を目指すということがあることを忘れてはいけないと思います。
理性を保ち、周りを尊重し、ルールや倫理を守る。そして自分を育てる。
スポーツを通じて身につけた能力を社会や学校、仕事などで活かしていき、人生を豊かなものにしていってほしいと思います。

防衛本能を働かせない。

前回の投稿で「子供の成長段階」があるという話をしました。

子供が、スポーツにどのように向き合っているのかを見て、接し方を変えていくという話をしましたが、それだけでなく、子供が置かれている状況にも目を配る必要があります。
どのくらいのストレスを与えることが適切なのかを考える必要があります。
筋肉をイメージしたらわかりやすいと思いますが、適度な負荷をかけることで筋肉は成長していきます。
人の成長も同じで、適度なストレスは成長には欠かせません。
しかし、過度なストレスは成長を阻害します。

それをどのように判断するのが良いのかという僕の考えです。

 

人間には防衛本能が備わっています。
自分を守るということを本能的(無意識)に行ってしまいます。
この機能を作動させないことが成長には重要になります。
人を成長させるには、自分を守るという行動ではなく、上手くなりたいと思い、自分を成長させる行動をする必要があります。

例えば、お腹が空いて空腹では、練習どころではありません。
水分を摂らずに、喉がカラカラになれば、ハードな練習はできません。
睡眠不足で眠くなれば、集中できません。
上手くなりたいと思う前に身体を守らなくてはという防衛本能が働いてしまいます。
これは極端な例ですが、食事、睡眠が重要であり、疲れていては成長につながらないということがわかると思います。

怪我をしている状態でのプレーも防衛本能が働いてしまいます。
怪我を悪化させないと思えば、上手くなるという考えではなく、身体を守るという考えになってしまいます。
僕自身が、そうでした。
痛みがある中で無理してプレーしていた時は、成長しようという考えではなく、どうしたら痛くないかという考えになってしまっていました。
自分を成長させるにはどうするかという考えにはなりませんでした。

怒鳴られたり、殴られたりすると思えば、怒鳴られないようにや殴られないようにという思考が働いてしまいます。
これも防衛本能が働いてしまい、「どうしたら怒られないか」といったような、自分を守るための行動を取ってしまいます。
これでは「上手くなるためにどうしよう」「成長するためにどうしよう」という思考にはなりません。
「これをしなければ練習させない」「これをしろ」というような強制による支配も同じです。
成長するためではなく自分の立場を守るためにそれをしなければという発想では、なかなか上手くなりません。
ミスすると怒られたり、「ああしろ、こうしろ」と細かく言われ続けている選手は、チャレンジすることをしません。
このような選手は、話をしている時に視線が定まらなかったり、練習中や試合中にベンチやスタンドに視線を送るのですぐにわかります。
自己防衛のために言い訳を考えたり、人のせいにしたりします。
自分が成長するためにという思考は追いやられてしまっています。

特に問題なのが、監督やコーチにそうされているよりも、親にそうされている選手です。
子供は親に認めてもらいたいというのは本能です。
上手くなるためには上手くなりたいと思い、チャレンジすることが重要です。
「こうやったらどうなるのかな」「こんなやり方思いついた」と好奇心と遊び心を持ってやってみることが成長につながります。
しかし、そのような新しい挑戦には、ミスが付き物です。
それを怒られてしまったり、ふざけないでやれと言われてしまっては、成長につながりません。
見ていても楽しそうではないし、誰のためにスポーツをしているのかがわからなくなるような選手を見るのは辛くなります。

このような選手には、その競技を好きで楽しいと思ってもらうことを考えます。
挑戦レベルを下げ、遊びに近い形で楽しませることが必要です。
そして、どんなにミスをしようと、チームの勝利に貢献できなかろうと、人格が否定されることはないということを理解させていかなければなりません。
「今は上手くいっていないかもしれないが、選手を成長させるためにチームがあり、そのためにコーチがいる」ということを伝え続けることが重要です。

防衛本能が働かない状態ができなければ、成長しようという思考にはなかなかなれません。
「怒られるからやろう」から「期待されているからやろう」そして「成長するためにやろう」に持っていくことを考えます。

 

例外として、防衛本能が働かずに、自分を守るためには成長することや上手くなることだと考えられる人もいます。
思考技術が優れているので、本能(無意識)に思考(意識)を加えられるので、ストレスに対する耐性が非常に高いです。
このような人はかなりのストレスを与えてもそれを力に変えて成長します。
海外の貧困を脱出するためなどのハングリー精神を持った選手や強烈なストレスをかけた指導で成長した選手などは、僕は例外だと思っていますが、一定数いることも事実です。
このような選手も含めて、選手の状況を見極める努力をすることも指導者の役割のひとつです。

 

前回書きましたが、子供たちの成長段階には個人差があります。
適切な負荷も人それぞれです。
与えるストレスを適切にすることが成長には欠かせません。
それを見極め、その選手に適した接し方ができるようコミュニケーションを取りながら成長を促していけたらと思っています。

子供の成長段階。

子供には成長の段階があり、いきなり大人になるわけではありません。
これは、身体的な部分だけでなく、精神的な部分や考え方も同じです。
子供たちに大人と同じように接したり、大人と同じようなトレーニングをやらせることが効果的ではないことも多々あります。
僕が子供たちと接する時に注意していることを書いてみました。

 

スクールや様々なチームを見ているので本当にいろいろな子供がいるということが良くわかります。
その中で、それぞれの子供に成長してもらいたいと考えたときに、その子供に適した接し方ができるかで成長が大きく変わってくると感じます。

先ずは、子供たちが積極的に身体を動かす習慣を作ることを心掛けます。
特定のスポーツをやるよりも、遊びでもいいので身体を動かすことで様々な動きを覚えていくことが重要だと思っています。
身体を動かすことが好きという子供にすることが、後のスポーツ競技での成長につながると思います。

その中で、スポーツを少しずつ覚えていき、スポーツを好きになってもらえるよう楽しませることを心掛けます。
その競技が好きだというようになることがその競技力を上達させるのに欠かすことができないことです。

競技の技術や体力を高めていくのはその後だと思っています。
野球でいえば「打った」「抑えた」といったような個人のスキルをどう伸ばしていくかを考えます。
まだこの段階では、チームの勝利を求めることはしません。
個人のスキルが上がることで、さらにその競技が楽しくなり、ますますその競技が好きになるという循環を作ることが大切です。

もっと上手くなりたいという思考と、「試合で勝ちたい」「勝つことがうれしい」といったような感情が芽生えてきてから、チームプレーやチームの勝利にどう貢献するのかを教えていき、相手に勝つことを目指します。

さらに上を目指したいという選手には、プレッシャーなどのストレスをストレスとして感じるのではなく力に変えていくことを教えていきます。
カテゴリーが上がれば厳しさが増していくということも教えていく必要があります。

 

大まかに、このような段階を踏んでいくことを心掛けています。
この順番を無視して選手を育てていくことは難しいと思っています。

外遊びなどで身体を動かして遊ぶことで土台を作り、スポーツが好きで楽しいと思うことで自分から進んで練習に取り組むようになります。
これがないのに技術や体力をつけさせようとトレーニングさせても選手にとっては苦痛になってしまいます。
本人が「上手くなりたい」「成長したい」「いいプレーをしたい」と思って初めてトレーニングに積極的に取り組むことができます。

ある程度まで成長しなければ「チームにどう貢献するか考えろ」や「負けて悔しくないのか」と言ったところで理解できません。
だから、子供の中には、チームが勝っても自分が活躍できなければ落ち込んでいる子供がいるし、逆に、チームが負けても自分が活躍できていたら喜んでいる子供もいます。
チームが負けたことをチームメートと悔しがり、負けたことから何を学び、それを次にどう活かしていくかが考えられるようになってやっとチームの勝利を全力で目指しにいくということができます。

これらの段階は、積み上げていくものなので、いつになっても身体を動かすことが好きで、スポーツを楽しめないといけません。
上のレベルになれば、自分をどうしたら成長させれるかを常に考え、献身的にチームのために動くことを考えることが必要です。

 

このような段階で子供たちに接することで子供たちは、競技を夢中になって行い、楽しむことができます。
夢中になれないようなら、ひとつ前の段階に戻って子供のやる気を引き出す必要があります。

どうやっても夢中になれない、心の底から楽しめないようなら、他の競技をしたり、他のことをしたりしてその子供に合うものを探すことも考える必要があると思います。
親や大人がやらせたいものを無理強いするのではなく、子供がやりたいこと、打ち込めることを一緒に探してあげることも重要なことです。

子供たちの成長段階には個人差があります。
それを見極め、その選手に適した接し方ができるようコミュニケーションを取りながら成長を促していけたらと思っています。

指導者は、子供たちがどうしたらスポーツを楽しめるかを考えることが大切です。
その競技を嫌いにさせないということは、選手を上手くすることよりも遥かに重要なことだと思います。
スポーツを通じて人格を身につけ、生きていく力を育み、それを次の世代に伝えていくという流れを作ることがこれからのスポーツ界が目指さなければならないことではないかと思います。

現代の子供の体力・運動能力の低下。

数十年前よりも子供の体力、運動能力の低下が見られます。
小学校、中学校で行われる体力テストの結果としてはっきりと示されています。
現代の子供の体力・運動能力の低下について書いていこうと思います。

 

体力は人間の発達・成長にとても重要なものです。
体力をつけることで、病気への抵抗力を高めたり、健康を保つことができます。
体力が向上することで、身体がよく動くようになると気力が湧いてきたり、何かをする意欲が増したりとモチベーションにも関わります。
精神的ストレスに対する抵抗力も高まります。

より豊かで充実した人生を送るためにも、体力を高めることは必要な要素です。

その体力を高めるために適しているのが、運動やスポーツです。

近年よく言われている、子供の運動やスポーツ離れが進んでいることが、子供の体力・運動能力の低下の原因にひとつになっていると考えられます。
子供の野球の競技人口が激減していると言われていますが、これは野球だけの問題ではなく、サッカーなど他のスポーツにも言えることです。
野球離れという問題で考えるのではなくスポーツ離れという問題で考えるべきだと思います。

 

子どもは、外遊びなどによる運動を通して、体力をつけ、五感を鍛え、身体の動かし方を学び、脳の発達を促していくなど、運動が心身の発達に深く関わっています。
外遊びのような運動は、ただ身体能力を向上させるだけでなく,知力や思考力の向上の基礎になります。
外遊びのような運動をすることで、身体を自分の思う通りに動かす能力を向上させることにもなります。

幼少期には、特定のスポーツをするよりも、外遊びの方が動きの種類が豊富なので、運動能力が高くなると言われています。
決まった動きを繰り返すよりも、好き勝手に遊ぶ方が多くの種類の動きを経験できるので、外遊びをすることはとても重要なことです。

さらに、スポーツをすることで、自己のコントロールや仲間との関わりから思いやりの心などの精神的な面を育むことができます。
優れた人格を身に付け、生きていく上で重要な自ら学び自ら考えることができる人材を育てるのにスポーツがとても役に立ちます。

 

このように本来、運動をすることやスポーツをすることで得られることはたくさんあります。
人間が生きていく上で、運動やスポーツは必要なことだと思います。

しかし、現状を見てみると、スポーツ離れが進み、子供の体力は低下していっています。
なぜそうなるのかを考えると、多くの人が運動やスポーツの価値を感じていないからだと言えます。
もちろん、多くの公園で野球やサッカーが禁止されていたり、少子化の影響でスポーツチームが減ってきていたり、受験勉強が優先されるといったこともありますが、人々の意識の中に運動やスポーツをする意義が薄れているということだと思います。

親やスポーツ指導者が、子供の発達段階に応じた指導方法を知らずに、いきなり技術的なことを教えたり、勝ちにこだわった指導をして、子供がスポーツの楽しさを知ることなくやめてしまったり、スポーツ嫌いになってしまうこともあります。
スポーツの本質を教えることなく技術指導を中心にすることにより、楽しくスポーツをする環境を作れないことも問題になっています。

スポーツを好きな子供を増やすためにも、子供の発達段階に応じて指導し、先ずは、スポーツをする楽しさを感じさせることをしなければならないと思います。
早期に特定種目へ専門化してしまうよりも、遊びやいろいろなスポーツに挑戦したり触れることで、その楽しさや喜びを味わったりすることができます。
自分にあったスポーツを見つけるためにも多様なスポーツをすることは必要です。
親や指導者は、個人の能力・適性を伸ばしていく視点に立って、体力や運動能力を向上させていくことで、子供の将来につなげていけると思います。
学生時代に運動部やスポーツクラブに所属していた人は、大人になっても高齢者になっても運動をするケースがそうでない人に比べ、多いと言われています。
健康的で歳を重ねても体力テストの点数が高いそうです。

生涯スポーツを楽しむためには、大人になってから突然スポーツを始めるのは難しいので、子供時代からスポーツに親しんでおくことが良いと思います。

 

生活習慣の基本は、バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠(休養)です。
これは何歳になっても言えることで、子供の時からの習慣にすることで、充実したより良い人生を送ることにつながると思います。
スポーツをするということは、肉体的にも精神的にも得るものは多く、教育的な人材育成だけでなく、地域振興や地方創生、スポーツ産業、など多くの価値を生み出します。
もっともっとスポーツの価値を示し、スポーツを発展させていく必要があります。

子供の遊びの重要性とスポーツの本質を広めることが、子供の体力・運動能力の低下に歯止めをかけ、スポーツ離れをなくすことにつながると思います。

イチロー選手は何がすごいのか?②

前々回の投稿で「イチロー選手は何がすごいのか?」という投稿をしました。
それをさらにかみ砕いて説明していきたいと思います。

イチロー選手の優れた能力のひとつに「目標設定能力」があります。
その「目標設定能力」について説明していきます。

 

目標設定は能力です。
よく「目標を立てろ」と言われますが、能力なので能力がない選手は言われただけでは目標は決められません。
考える技術を上げなければ、的確な目標設定はできません。
優れた思考技術がなければ優れた目標設定ができないということです。

この目標設定能力が低いと、練習やトレーニングを継続することが難しいだけでなく、適切な練習もできません。
明確な目標設定をすることで得られる効果はたくさんありますが、そのひとつが行動力が上がることです。
目標を設定することで学び続けることもできるようになります。
成長するためには欠かすことができない能力です。

 

明確な目標を設定するには、目的がなければなりません。
目的にいくまでの通過点が目標だからです。
「こうなりたい」しかし「今はこうだ」というのを理解して、それを近づけていくのが目標になります。
それなので、目標は何個もあって当然ということになります。
大きな目標から小さな目標までたくさんの目標を設定することです。
その目標が、易しすぎず難しすぎない難易度であることが重要です。
挑戦と自分の能力のバランスが大事で、能力を超えすぎた挑戦はやる気を失うことになります。
逆に、能力以下の挑戦は成長機会を失うことになります。

少し頑張れば達成できる目標を大量に設定し、それを達成し続けることで、頑張ればできるという確固たる自信が身についていきます。
達成感や満足感から得られる喜びは、味わえば味わうほど、さらに前に進めるエネルギーになると思います。

目標は達成することが重要であるということです。
つまり、目標設定能力と目標達成能力はセットで考える必要があります。
そのためには、自分を客観視できなければ的確な目標は立てられません。
自分の能力を客観的に見る能力を養い、能力に合わせた目標設定をすることです。

「試合に勝つ」「ヒットを打つ」などの結果目標だけにならずに、自分が頑張れば達成できるような「練習でしてきたことを出す」「自分のスイングをする」などのプロセス目標にすることも重要です。
与えられた目標ではなく、自分が本当に目指している目標で、なるべく具体的なものにすることです。

「明確な目標設定をする」ことで成果を出すことや成長につながります。
ここで本当に重要なことは「目標設定」よりも「明確な」の部分です。
「明確な」というのは、今やることを指します。
そうすることで「他人」や「環境」や「出来事」といった自分でコントロールできないことに意識を向けるのではなく、今やるべきことに集中できます。
これが成長につながり、パフォーマンスを発揮するにも重要な思考でもあります。

また、目標の1つに「家族のため」「チームのため」プロ選手であれば「ファンのため」など誰かのために頑張るのだという目標を入れることで、やる気を高めることもテクニックのひとつです。

 

「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道」とイチロー選手はコメントしていましたが、まさにその通りだと思います。
それを身をもって体現したのが、イチロー選手ではないでしょうか。
自分に常に課題を持って、さらなる成長を目指す姿は、見習うべきポイントです。
イチロー選手の行動が、毎日24時間をどれだけ目標に支配させることができるかが重要であるということを証明していると思います。
自分自身をコントロールできていなければできないことです。

 

目標設定能力を高めるためには、他の能力も高めなければなりません。
例えば、客観的に見る能力がなければ自分にあった目標設定はできません。
自分自身を知るということはとても重要です。
高い目標を立てることで行動力が上がる人は高い目標を立てれば良いと思います。
しかし、全員が高い目標を立てることが良いというわけではなく、人によっては、高い目標を立てることで不安な気持ちになる人もいます。
そのような人は、無理をして高い目標を立てる必要はないと思います。

人それぞれ目標が違って当然です。
自分に合った目標を設定できるように思考技術を高め、目標設定能力を上げていくということも必要なことだと思います。

イチロー選手は何がすごいのか?

先日、イチロー選手が現役を引退しました。
僕の講演やスポーツセンシングの話を聞いたことがある方はわかると思いますが、僕の言う「スポーツセンシング」の塊のような選手がイチロー選手です。
プロ野球を見ていると、選手のスピードやパワー、体格、技術、結果などに目が行きます。
それで、スピードやパワー、体格、技術、などを向上させようと練習しますが、そのような選手のようにはなれません。
一流選手がパフォーマンスを生み出している本質的な能力は、スポーツセンシングだからです。
その極みがイチロー選手です。
イチロー選手の引退会見などから考えてみたいと思います。

 

イチロー選手の根本にあるのは、野球を誰よりも愛して探究することで充実感や喜びを得ているということではないでしょうか。
この「喜び」という部分は「楽しむ」と表現するトップ選手が多くいますが、会見の中で、「楽しかったか」という質問に「楽しい」とは言いませんでした。

この感覚はトップ選手とアマチュア選手では、大きく異なっているように感じます。
トップ選手の楽しむは、達成感や喜びを表しています。
それを得るために、練習中でも試合中でも、自分のやるべきことを明確にし、感情を消して夢中になります。
夢中なので、そこに楽しさは感じません。
逆に、苦しさも感じません。
だから、ハードな練習にも取り組めるし、練習を長く続けることもできます。
はたから見たら「努力している、頑張っている」と見えますが、そういう意識は本人にはないように感じます。

僕がプロ野球の世界に入り、トップ選手を見て感じたことは、努力を努力と思った時点で勝負にならないということです。
周りから見たらすごい努力しているように見えても、本人は努力だと思っていないで、当たり前にやらなければいけないこと、やるべきことだと思ってやっています。
イチロー選手の話を聞いていると、努力とは、やる気でするものではなく習慣であると感じます。
自分がやると決めたことは、やる気のあるないにかかわらず、やるべきこととして、いつも通りできます。
「やりたいこと」と「やるべきこと」が同じ、もしくは近い認識をしていることが重要です。
「やりたいこと」より「やるべきこと」が優先して行われるのがトップ選手です。

その積み重ねが良い結果や成績につながるのだと思います。

 

そうなるには、イチロー選手のように自分を成長させるということに価値を持つことも重要な要素です。
比較対象が周りの選手ではなく今までの自分と比較して成長することを目指していることがわかります。
だから、数々の記録や成績を残しても、人々に称賛されても、浮かれることも慢心することもないのではないでしょうか。
所属チームが決まっていなくても、試合に出場する権利を持っていなくても、黙々とトレーニングができるのも昨日の自分よりも成長したいという想いと、そうすることが道を切り開く最善だと考えているからだと思います。
メジャーリーガーは筋肉増強剤などのドーピング疑惑がかかる選手がいますが、イチロー選手は、まったくクリーンな選手であり、初動負荷トレーニングによって、自らを鍛え上げ、感覚を研ぎ澄ましてきたことからも、常に自分自身と向き合ってきたことがわかると思います。

 

スポーツセンシングに優れているとは、いくつかの能力が優れているということですが、その中に、優れた感覚を使って物事をとらえる能力があります。
まさしくイチロー選手が、他の選手と比べ、特に突出して高い能力です。
人よりも優れた繊細なセンサーを身に付けてるので、僅かな違いを感じ取り、パフォーマンスに生かすだけでなく、それを身体に記憶させていくことで次にもつなげていきます。
それだけでなく、怪我を予防することにも役立ちます。
多くの選手が、怪我や故障に苦しんでいますが、イチロー選手は引退まで徹底した自己管理と優れたセンサーにより自分自身の身体を守ってきました。
その物事をとらえる能力を磨くためにやっていることのひとつが、自分の決めたルーティンを決して怠らないことです。
試合の日は朝起きるところから寝るまで、球場入りの時刻やアップ、練習、食べ物まで、同じ行動パターンを一貫して繰り返しているそうです。
それが習慣として定着しているので、身体の僅かな変化に気がつき、微調整できます。
何年も一貫して、同じ行動をしているのに対して、バッティングフォームは毎年変化しています。
探求心を持って、これが自分にとって最善だと思う方法を追求し続けているということです。
自分で様々なことを試し、チャレンジする判断力がなければ、なかなかできることではありません。

 

フィジカルトレーニングや技術練習は重要ですが、もっと重要なのがスポーツセンシングを磨くことです。
イチロー選手を見ていると本当にそう思います。
行動すべてがそこにつながっています。
スポーツセンシングを磨くこととは、それに必要な様々な能力を向上させることですが、イチロー選手の会見を聞いてさらに確信を深めることができました。

ルイス・クルーズ

昨日、今日と侍ジャパンとメキシコ代表が試合をしています。
メキシコ代表には、千葉ロッテマリーンズ時代のチームメートのルイス・クルーズ選手が入っています。
クルーズ選手は、ロッテに入団する前は、ニューヨークヤンキースでプレーしていました。
何といってもクルーズ選手といえば守備です。
そしてナイスガイです。
ロッテ時代に若い選手に一生懸命教える姿も印象的でした。

そんなクルーズ選手が今回守備を教えてくれました。
しかも、夜のバーラウンジで(笑)

目から鱗が落ちるようなことばかりだったので少しでも共有できたらと思います。

 

話している中でよく出てくる言葉がリズムです。
自分のプレーする動画を解説してくれながら、リズムよく流れるようにプレーするということをとても強調していました。
急いでリズムが狂えば、スローイングが乱れてしまうので、リズムを大切にし、急がないと間に合わない時は、リズムを早くするだけと言っていました。
どんな時も、1.2.3.のリズムは同じです。

 

もうひとつが足の使い方。
足を動かして捕球して、足を動かして投げる。
足を上手く動かすことが大事だということを説明してくれました。
実際、こんなにも足を意識して使うことを重要視しているとは思いませんでした。

そして、足を上手く動かす、ということがどのような動きなのかを細かく教えてくれました。
その中でダメな動きは、足をクロスさせること、と言っていました。
「日本人と自分の違いは足の使い方で、自分は両足がクロスすることはない」と言っていました。
カメラの三脚を例に、「三脚の脚が重なったりクロスしたらカメラは倒れたり、ブレてしまうだろ。カメラは人間でいう目だ。そして三脚は人間でいう足だ。だからクロスさせてはいけない。」と説明してくれました。
足を上手く使うことで、目線を安定させるということです。

投げるときは、右足で地面をプッシュして足で投げるという説明でした。
小手先で投げているように見えますが、意外にも、手ではなく、右足の力で投げているのだと思いました。

自分の右側に来た打球に対して、捕球から3ステップで投げることが重要だが、日本人はどうしても7ステップかかってしまうとも言っていました。
足の使い方もそうだが、手の使い方も3ステップで投げるには重要ということを教えてくれました。

そのやり方は、
「捕球したら身体の中心に両手を持ってくる。」
「片手で捕りにいかずに右手もグラブの近くに置いておく。」
ということを強調していました。
「右手は捕るためにグラブに添えるのではなく、早く投げるためにグラブに添えるんだ。」と言っていました。
僕は小さな頃から、ボールを弾かないように両手で捕ると教えられてきましたが、そうではなく、早く握り替えるために、右手はグラブの近くに置いておくという考えを教えてくれました。

ダブルプレーでは、ボールを捕りにいかないで、身体の近くで捕ること。
「自分が手を引くスピードよりもボールが来るスピードの方が速いのに、なぜ手を前に出す?身体の近くで捕った方が速いだろ」と言っていました。
足を使って胸の前で捕球することを心掛け、逸れたボールに対しては、捕球したら身体の中心に手を持ってくるということを説明してくれました。

打球に対しても、打った瞬間にバウンドを予測して楽な位置で捕球します。
正面の打球には、手を前に出して捕球体勢を作り、手でリズムを取りながら対応していきます。
バッターやカウントで守備位置を変えることも重要と話していました。

 

練習方法を聞くと、テニスボールを2つ使って壁当てをすると良いと言っていました。
ボールを投げたら、左手で持っているボールをすぐに右手に持ち替えて、左手で跳ね返ってきたボールをキャッチする。これを繰り返すと上手くなる。
上手くできてきたらボールを一つにして、早く持ち替えて投げる。
これを聞いて感じたのは、本当に簡単な基本的な練習を繰り返して上手くなったのだと思いました。

また、楽しまなきゃ上手くならないし、自分の子供には、バスケットやテニス、水泳、釣りなどいろいろなことをやってほしいとも言っていました。

「日本の教え方と違う」という話をしたら、「自分はこのやり方がいいと思っているけど、やらなければいけないわけではない。」
「教えてほしいと言われれば教えるが、言われなければ何も言わない。」
「個性は大事だから、人によって教え方は変えるし、その人に合った動きをするべきだ。」
などとも言っていました。
このあたりの考え方も日本とは違うのだなと思いました。

 

とても知的でいろいろと考えながらも、野球を楽しんでいるということが随所に感じられました。
まだまだ現役でプレーできるとは思いますが、とても良いコーチになるのではないかと思うくらい、わかりやすく、情熱をもって教えてくれました。

クルーズ選手が言うように、練習することが楽しいと思えることが上達につながります。
この投稿が、そんな考えもあるんだ、グランドで試してみようという考えになるきっかけになればと思います。

僕自身も教える引き出しも増えたし、とても有意義な時間を過ごすことができました。

母指球をどう使う?

選手を見ている中で、母指球の使い方が上手くできていない選手が多くいるように感じます。
多くの有名選手が母指球が大事だと発言していることからも、母指球はスポーツをする上で、キーポイントではあると思います。
しかし、常に母指球に意識を置いて、力を入れていることは、そのような選手がやっていることではありません。
その母指球をどう意識するのかを考えてみました。

 

母指球とは、足の親指の付け根のところにある丸く膨らんだ部分のことを言います。
動きの中で母指球をうまく使うことはパフォーマンスを発揮するためには欠かせないことです。
しかし、逆に母指球をうまく使えないがためにパフォーマンスを落としてしまっている選手を多く見ます。
ランナーのリードの時に母指球に力を入れていたり、守備の構えで母指球に力を入れていたり、ピッチャーが母指球に力を入れて始動したり、バッティングで両足の母指球に力を入れて構えたりしている選手を多く見ます。

確かに、多くのプロ野球選手が「母指球、母指球」と言っています。
それは母指球にタイミングよく力を入れることを意味しています。
タイミングよく力を入れることとは、タイミングよく力を抜くことでもあります。
そのタイミングを間違えては、いいパフォーマンスは出せません。

止まっている状態から瞬発的に大きなパワーを発揮するには、筋肉を過緊張させずに緩める必要があります。
その時に、母指球に力が入っていて、つま先重心になってしまっては、前ももなどの身体の前面の筋肉に力が入ってしまいます。
例えば、両足を肩幅くらいに開き、できるだけリラックスして立ちます。
そこから足の母指球に重心を移し。重心をつま先側に乗せると、太ももの前側や体の前面に力が入ってしまうことがわかると思います。
逆に重心を完全に踵の方へ乗せると、これもまた全身に力みが起こると思います。
1番リラックスできるポジションはその間の、前すぎず、後ろすぎないところにあるのがわかると思います。
骨格から考えると、母指球ではなく、内くるぶしの下に重心を置くことです。
内側のくるぶしは脛骨の末端、外側のくるぶしは腓骨の末端にあるので、その下に重心を持ってくることで、筋肉がリラックスでき、バランスよく立つことができます。

重心をどこに持ってくるかで、働く筋肉が変わり、姿勢も変わってくるということです。

次に歩く時の足の裏に注目してみます。
歩く時の前に出した足は、踵から地面に着きます。
次に小指側の付け根(小指球)が着きます。
そして、小指側の付け根から、親指の付け根に向かって、倒れるように着いていき、母指球が着き、足の裏全体が地面に接地します。
地面から離れる時は、踵を持ち上げ、小指球が先に地面から離れ、最後は親指の母指球で地面を押し出すようにして足の裏全体が地面から離れて行きます。

つまり、止まっている状態から瞬発的に大きなパワーを発揮するには、母指球をリラックスさせた状態から、踵(内くるぶし下)を踏むことにより、前方への加速度を高め、小指球から、母指球に重心が移動し、最後に母指球で地面を押すことで素早く動くことができます。
母指球は、最期の一押しで働くということです。

この動きは、ランナーでスタートを切るときも、守備でスタートを切るときも、ピッチングでも、バッティングでも同じです。

初めから母指球に力を入れることは、つま先の方に支点ができ、後ろへ重心を移動する力が働きます。
これは、前方に早く動きたいにもかかわらず、後ろに体を動かそうとする動きです。
これでは高いパフォーマンスは発揮できません。

高いパフォーマンスを発揮できている選手というのは、そこまで母指球に力を込めているわけではなく、動きの最後の一押しに母指球に力を入れている程度です。
これを間違って受け止め、「母指球」や「つま先」が重要のように捉えて過剰に母指球を意識することで、身体への筋肉の緊張を生み出してしまい、瞬発力やパワーを発揮することができなくなってしまっています。

また、母子球で支える、前に傾く立ち方だと、身体のバランスが崩れ腰痛などを引き起こす原因にもなります。
股関節や膝関節、足首にも負担をかけたり、外反母趾の原因になることもあります。
逆に、内くるぶしの下に重心を置く、筋肉がリラックスした立ち方ができると、脚の前後の筋肉や腹筋と背筋のバランスがよくなり、楽に気持ち良く立てるようになります。
一流選手の高いパフォーマンスは、この優れたバランスを保てる姿勢に支えられています。

 

実際に、母指球をどう使うのかは、とても重要なことです。
しかし、小学生や中学生くらいだと、なかなか理解できずに、母指球を過剰に意識してしまい、母指球で踏ん張ったり、力を入れるだけになってしまっている選手をよく見ます。
さらに、大人よりも筋力がなく、関節が柔らかいので、腰痛や関節痛につながっているケースもあるのではないかと思います。
個人的には、小学生や中学生くらいの選手に細かく母指球を意識させることで、怪我につながり、将来の可能性を狭めるよりも、自然に任せて大きく育て、身体ができてから複雑な動きを学び始めた方がその選手のためになるのではないかと思います。

少ない練習で上手くなるには。

前回の投稿で練習をすればするほど上手くなるわけではないという話をしました。
でも、勘違いしてほしくないのは、だからといって、練習をしなくても上手くなれると言っているわけではないということです。
上手くなりたければ上手くなるための行動をしなければなりません。

今回はそのやり方についての話です。

 

今のやり方のままで、練習量だけ減らせばいいかというとそうではありません。
上手くなるためにはそれでは難しいと思います。
質を上げなければなりません。
そのために大切なことが、夢中になって練習することと、効率的に練習するために、考える習慣をつけることです。
夢中になって練習するというのは、自分から楽しいと思って取り組めばできることです。
例えば、テレビゲームに夢中になるのは楽しいと思って自分からやるからです。
それと同じ状況を作って練習に取り組むということです。

考える習慣をつけるのは、環境が重要になります。
創造力があれば、考えるレベルはさらに高くなります。
大人が答えを教えすぎずに、自分で考えることで育まれていきます。
ミスをしても、できなくても怒られないという安心感があれば、いろいろなことにチャレンジすることができます。

創造力を働かせ、探究心をもち、チャレンジして練習する。さらにそれを夢中になってできれば、成長が見込めるのではないかと思います。

 

しかし、エグゼクティブなアスリートを目指すなら、さらに身につけなければならないことがあると思います。

それは、普段の生活と競技をつなげるということです。

グランドで練習している以外の時間をどう使うのかが重要です。
それは、「その競技が好きで楽しい、もっとやりたい、上手くなりたい」と強く思わなければできません。
そう思えれば、遊びや生活がトレーニングになってきます。

僕が見てきた、一流のプロ野球選手は全員これができています。
生活自体がトレーニングであり、競技が趣味や遊びのようでもあり、そこの境界線が曖昧です。
身体を動かすだけが上達の手段ではありません。
食べることも寝ることも質を上げれば自分にプラスになり、競技力の向上にもなります。
食事が競技のためであり、歩いているだけでも姿勢に気をつけたりと、私生活の中でも、どう競技にプラスになるのかを常に考えて行動します。
競技が義務ではなく、生きがいであり、プレーすることに喜びを感じ、成長する意欲に溢れているので、どこかに成長のヒントがないかと、常にアンテナを張って過ごしています。
知らなかったことを知るということは大切なことで、何かを調べて自分の知識になれば、それも成長であると考えます。

 

僕自身の子供の頃を思い出してみると、山を走り回ったり、木に登ったり、崖をよじ登ったりといった環境や遊びの中で五感を磨き、競技の土台を作ってきました。
僕の小中学生の頃の練習は土日だけでしたが、壁当てをしたり遊びで野球をすることが日課でした。
チームの練習は、トータルしても週に10時間もありませんでしたが、生活の中心が野球であり、野球に触れることが好きで何よりの喜びでした。
サッカーなど他の競技も好きでよくやっていましたが、すべてが野球につながっていました。

ドミニカ共和国の子供たちの話を聞いても、練習時間は短いですが、いたるところで野球をして遊ぶ姿があると聞きました。
硬式球ではなく、何かを上手く丸めて、それをボール代わりにして遊んだりするそうです。
練習の中だけでなく、遊びの中で競技力が磨かれていくということです。

競技が楽しくてやりたいと思うことが成長につながるということです。

 

指導者の中には厳しさを教えることも必要だと考えている人も多くいるように感じます。
厳しさを教えないと将来のためにならないと思うかもしれません。

厳しさを教えたいのであれば、能力を上げてあげることです。
上のレベルに行けば行くほど厳しさを知ることができるからです。
プロ野球まで行けば、本当に厳しい世界なので精神的にも強くなります。
プロ野球選手になれなくても、目標が高くなればなるほど、厳しさが増していきます。
わざわざ指導者が厳しさを教えなくても、立場が人を育てるので、より上の立場になることができるスキルを身につけさせてあげることのほうが必要だと思います。

 

部活動のガイドラインが発表され、少ない時間で効率よく活動することが求められています。
これは、短時間に集中して、質の高い練習をするということだけでなく、部活動以外の時間を有効に使って自分自身を成長させましょうということです。
今までのやらされて長時間やる練習から、主体性を持って、自ら学ぶという方向に変わってきたということです。
時間を有効に使うことを身につければ、今まで以上にいろいろなことにチャレンジできるようになるので、成長が期待できます。
様々な経験をたくさんし、それを競技や人生に活かしていってほしいと思います。