ルールを守ればなんでもしていい?

スポーツには、ルールがありますが、ルールよりも大切なのがスポーツパーソンシップです。
その精神がなければどんなにルールを作ろうと、スポーツとして成り立ちません。

「ルールを守れば何をしてもいい」という考え方ではなく、スポーツパーソンシップに則った行動をしなくてはいけません。

日本のアマチュア野球では、10点も20点も勝っているのに盗塁をするということがよく見られます。
ダメというルールはありませんがスポーツパーソンシップを欠いてると言わざるえません。
このような意見に対して必ず出てくるのが、「手を抜くほうがよくない」「ルールにない」「逆転されたらどうするんだ」などの意見です。

相手を尊重し、その競技の歴史的な成り立ち、伝統、慣習を学び、理解した上で、競技自体を尊重する心を持つことがスポーツパーソンシップです。
野球の文化や慣習を学べば点差が開いている場面で盗塁をしないということは世界的に広まっていることだとわかると思います。
もっと身近な日本のプロ野球でも点差が開いた場面で盗塁することはありません。
それは負けたら次のないプレーオフや日本シリーズでも同じです。
昔は、少年野球や学生野球に世界大会のような国際大会がなかったので、日本独特の野球だけしか知らなくてもよかったのかもしれませんが、今はそういう時代ではありません。
それで逆転されて負けてしまったら、実力が足りなかっただけです。

お互いがよい試合をしようと思ってプレーすることが大切であり、相手にも気分よくプレーしてもらい「それでも勝つ」という精神を持ってプレーすることがスポーツです。

相手が気分がよくないと思うような行いは、考えなくてはいけません。
これは試合中だけでなく試合の前後においても同じです。
例えば、試合終了になり、派手にガッツポーズをしたら相手が怒ったとします。
その時に「こっちはガッツポーズをしただけで悪くない」という考えは、相手への尊重を欠いています。
もし、相手が気分を悪くしたのなら、こちらも、その行動を考えなくてはいけないことです。

そして、それを教えることも指導者がやらなければいけないことです。

サッカーの試合で倒れている選手がいたときにボールを蹴り出し、プレーを止めます。プレーが再開されたら、相手にボールを返します。
しかし、ボールを返さないといけないというルールはありません。
これは、サッカーでは、小さい頃からこのように教えられるので、おかしいと言う人はいないのではないでしょうか。
このように、小さいころからスポーツパーソンシップを教えていくことが重要です。

スポーツでは、ルールを守り、ファウルをしない努力をしなくてはなりません。
しかし、バスケットボールでは、試合の終盤にわざとファウルをし、時計を止めてフリースローを打たせるという作戦があります。
これは多くのチームが使う戦術です。
故意にファウルをするということは、他のスポーツからは考えられないと思うかもしれませんがバスケットボールでは認められているプレーです。
このことからもスポーツパーソンシップとは、そのスポーツの文化や慣習を学ぶことが必要だということがわかると思います。

大切なのは「このスポーツとはどんなものなのか」「スポーツパーソンシップとはなんだろうか」と考えることです。

勝利だけを求める指導者に育てられれば、フェアプレーや正直さよりも、勝利を優先させる選手に育つ可能性が高くなると思います。
逆に、そのスポーツの成立や歴史、本質を理解している指導者に育ててもらえれば、スポーツを通じてスポーツパーソンシップやフェアプレーを学ぶことになり、スポーツパーソンシップを身につけた選手に育っていくと思います。

つまり、指導者の指導によって、今後のスポーツを担うスポーツパーソンが育てられ、人だけでなく、そのスポーツの文化や慣習が作り出されていくということです。
そのことを自覚し、選手を育てていくことが大切だと思います。

部活動に思うこと

いろいろな競技のいろいろなチームを見てきましたが、その時代に合った指導をしていかなければいけないということを感じます。
日本のスポーツを支え、発展させてきた部活動にも同じことが言えます。

一昔前は生徒も親も社会に出ても通用するように、暴力や理不尽、長時間労働に耐えられる精神力や体力を付けることを競技や部活動に求め、部活をしていた人が多くいたと思います。
指導者に「うちの子供を厳しく指導してください」という親も多くいました。
実際に企業に求められていた人材の多くも、精神力や体力を持った人でした。
そのように精神力を育むことを目的として部活をしている生徒や親には、暴力や理不尽な指導は理解を得られます。
評価されることすらもあります。

しかし、パワハラやブラック企業というのが問題になる現代に、忍耐力や精神力よりも、その競技自体を上手くなりたい。自ら考えて行動できる自主性を身に付けたい。コミュニケーション能力を身に付けたい。などと思っている人には、絶対的な主従関係を作った、人によってはパワハラと感じるような理不尽な指導は理解を得ることはできません。

その競技を上手くなりたい、スキルを磨きたいと考えている人が、忍耐力や精神力を鍛えることを目的にした指導者の下で競技に取り組めば、競技自体が嫌いになったり、途中で辞めてしまったりといったことが起こってしまいます。

それは指導する側の目的と指導される側の目的に違いがあるからです。

そうならないためには、指導者は、日々勉強をし、生徒とコミュニケーションを取り、それぞれの生徒に適した指導方法を考え続けなければいけません。
昔の生徒はこうやって強くなったではなく、今の生徒に合わせた指導をする必要があります。

生徒側は、学校や部活を「どのような指導理念で」「どのような指導方針で」「どのような指導が行われているのか」を調べて決める必要があります。
なにも調べずに学校を決め「こんなやり方はあり得ない」というのもおかしな話だと思ってしまいます。
学校選択は自由なので、昔に比べ、インターネット等で情報も集めやすくなっているのでしっかりと調べ、見学に行き、進路を決めることが大切だと思います。

とはいえ、現状では指導者に「ここの学校に行け」といったような半強制的に進路が決められるようなことが多く起こっています。

指導者の教え子が指導者をしているチームや学校だと、いい選手がいた場合に「うちにくれ」ということになり、半強制的にその学校に進学することがあります。
野球では、まれにですが、ドラフト指名を回避させて進学させることもあります。

生徒が自分の意志で進路を決められないことは、問題だと思います。

少子化が進み、生徒数が減っているので学校側も生徒を集めるために様々な努力をしています。
部活動を使って、学校の宣伝をするということも行われています。
そのため、指導者が勝ちを求められ、生徒の育成よりも勝つことに執着しすぎてしまうということも問題にあります。
生徒の将来よりも学校の宣伝に生徒が使われてしまっていると感じることが多々あります。
しかし、学校側から見れば、必要なことであり、すべてを否定することもできません。
理想論になってしまうかもしれませんが、勝つことだけでなく地域振興や地域社会への貢献による宣伝。
個人の人格形成や社会性の育成、母校愛の育成により、広告塔に育てる。といったようなやり方もあるのではないかと思います。

時代が変わり、今までのやり方だけでは対応できないことがたくさんあります。
生徒の将来、学校の将来、スポーツの将来、日本の将来などにとって、どうしていくことがいいのか、みんなで意見を出し、協力して考えていかなければいけないと思います。

ピッチャーの心拍数

僕は現役時代、練習時も試合時も心拍計を着けたままプレーをし、心拍数のデータを集めていました。
ただ、腕に着けるタイプなので、研究機関にあるほど精度の高い機械ではないため、急な心拍数の上昇時には、どうしてもかなり低く出てしまいます。
それを踏まえて見ていただけたらと思います。

それでも野球のプレー中の心拍数のデータが、なかなかないので参考にはなると思います。
心拍数なので個人差はありますが、このデータを参考にして、練習やトレーニング等に役立てていただければと思います。

また、先発ピッチャーの立ち上がりの対策を僕なりに考えてみたので参考までに見ていただけたらと思います。

それぞれの状態においての心拍数は次の通りです。

・普段のピッチング練習。

終始120前後くらい。

リリーフで1イニング投げたときの心拍数を見てみると
リリーフ、1イニング

矢印が試合のマウンドです。

リリーフ、1イニング、最終回

山が2つあるのは、ブルペンでの投球練習と試合です。
実際は、急激な心拍数の上昇時は低く出てしまうので、ブルペン145以上。試合175以上くらいになっていると思います。

緊迫した試合だと、マウンドに上がりプレーボールをしたときには、プレッシャーや緊張によるストレスだけで、心拍数が普段のピッチング練習より50~60くらい高くなることがわかります。

ここで注目してほしいのは、赤マルの部分です。
試合で投げる前のブルペンの段階で1回心拍数が上がっていることです。
リリーフピッチャーは試合が進んでいる緊張感の中で、短い時間で準備をするのでブルペンで心拍数が上がります。
僕はここが重要であると思っています。

先発の場合は

赤マルの部分のように、初回に急激な心拍数の上昇が起こってしまいます。

大事な試合やプロ野球の試合で先発投手が初回に本来のピッチングができないことが多いのには、心拍数が関係している可能性はあるのではないかと考えました。
初回に急な心拍数の上昇が起こったときに自分の身体を扱いきれずに、自分のパフォーマンスを発揮することが難しくなることは想像できます。
高い集中状態を作り出すのも、脳を上手く使いこなすのも、身体をコントロールするのも難しいように思えます。

2回からは、本来のピッチングに戻ることが多いのは、初回に心拍数が一度上昇していることを経験しているので、自分の身体を扱いやすくなりピッチングが安定しやすくなるということも考えられます。
また、リリーフピッチャーに立ち上がりが悪いと言われる選手がいないことと、立ち上がりが悪いと言われるピッチャーもリリーフで投げると初めから本来の投球ができることからも心拍数が関係している可能性はあると思っています。

そこで先発ピッチャーが初回の急な心拍数の上昇に対応するために、リリーフピッチャーの登板と同じように試合前に心拍数を上昇させてから試合に入ることが大切だと考え、実践してみました。
やり方は後ほど説明します。

そのため、以下の試合は、赤マルの部分(初回とその前)がリリーフで投げた時と、似た形になっています。

・社会人野球、オープン戦、先発。7イニング。

青い矢印がマウンドに上がっている時です。
社会人野球のオープン戦では、マウンドに上がっただけでは心拍数はあまり上がりません。

・社会人野球、地方大会、先発。7イニング。

社会人野球都市対抗予選、先発、7イニング。

都市対抗予選は、社会人野球で、1番緊張感があると言われています。
余談になりますが、目安の消費カロリーも1520カロリー。
この日は、4500カロリー以上を摂取し、4リットル以上の水分を取って、試合前の体重に戻りました。
改めて、先発ピッチャーの過酷さを感じました。
もっとプレッシャーがかかるプロ野球の先発ピッチャーは本当にすごいと思いました。

 

それでは、僕が取り入れた登板前のアプローチを説明します。
野球では、心拍数を重要視するということはあまりしませんが、オリンピックのメダリストは競技前に心拍数を上げて競技に入っていきます。
フィギュアスケートの羽生結弦選手
レスリングの選手たち
陸上の選手たちは、それを実践しています。

僕が取り入れたやり方はレスリングの選手を参考にしました。
先発の時は、ブルペンでピッチングを終えた後に行います。
そのやり方は
前後ジャンプ→腹筋(クランチ)→左右ジャンプ→腹筋(膝さすり)→バービージャンプ
これを20秒ずつ続けて行います。
1分40秒で心拍数が180前後まで上がります。
(上のデータでも先発時の初回の前に行い、急な心拍数の上昇時にグラフには正確な数値が出ず、130ちょっとくらいしか上がっていないことになってますが、実際は180前後まで上がっています。)
その後、5~10分後にマウンドに上がれるように逆算して行います。

全部のメニューを股関節を動かす意識で行います。ジャンプは膝を曲げるのではなく股関節から曲げて足を引き上げるジャンプです。
股関節を動かすことは全身の血流をよくする狙いがあります。
レスリングの選手や陸上選手が試合前に抱え込みジャンプをしているのをよく見ますがそのような狙いがあるのではないでしょうか。

 

立ち上がりが良くない選手は、投球フォーム等の技術的な要素もあると思いますが、心拍数にもアプローチしてみる価値はあると思います。
心拍数には、個人差があるので、自分に合ったやり方を見つけてほしいと思います。

アメリカンフットボールからスポーツパーソンシップを考える。

今、大学のアメリカンフットボールでの試合のプレーが話題になっています。

僕も、映像を見て衝撃を受けました。
ここまで酷いプレーはなかなかないと思いますが、他のスポーツでもスポーツパーソンシップの理解がないような場面を目にすることがあります。
やはり、もう少しスポーツパーソンシップ教育に力を入れる必要性を感じます。

今回の試合をきっかけに、スポーツパーソンシップを学ぶ、いい機会になればと思います。

これまでにスポーツパーソンシップについて何度か投稿してきましたが、スポーツパーソンシップとは、スポーツの本質であり、スポーツの価値そのものだと何度も言ってきました。
今回の問題になっている大学は大学のアメリカンフットボールでは、強豪とされ、大学日本一を決める甲子園ボウルでも優勝をしている強豪チームです。
しかし、このチームを価値のあるチーム、素晴らしいチームだと思う人は、ほとんどいないのではないでしょうか。
このことからも、スポーツパーソンシップが「スポーツの本質であり、スポーツの価値そのもの」ということが理解できるのではないでしょうか。

アメリカンフットボールに限らず、すべてのスポーツは、スポーツパーソンシップがないとスポーツとして成り立ちません。
監督、コーチはスポーツパーソンシップを教えることをしなくてはいけません。

このアメリカンフットボールの件のように、監督やコーチなど上に立つ人間にスポーツパーソンシップがないことは、かなりの問題だと思います。
勝ちを目指して全力を尽くすことも大切なスポーツパーソンシップですが、それは、相手やルールを尊重した中でという前提があります。
相手もルールも尊重できないというのは、スポーツをやる資格がないと言えます。

僕も今まで野球をしてきた中で、「反則してでも勝て」と言うのをたくさん見てきましたが、この考え方では、スポーツの価値を保つことは難しいということを経験してきました。

また、今までの経験の中で、特に感じるのは、監督やコーチの選手へのリスペクトのなさです。
強制されて行うのではなく自らが判断してプレーするのがスポーツです。

罵声を浴びせたり、暴力を振るったり、選手に無理をさせ怪我をさせたり、強制的にやらせたりといったようなことは、選手へのリスペクトとスポーツを理解していたら起こらないはずです。

それがかなり多くのチームで見られるというのは、それだけスポーツパーソンシップの理解がスポーツ界に浸透していないからだと思います。

野球をはじめ、スポーツの競技人口が減ってきている今、スポーツに関わるすべての人が、スポーツが無条件に価値があり、素晴らしいものではなく、スポーツに関わるすべての人の自覚と行動によって、その価値が高まっていくということを理解し、行動していかなくてはならないと思います。

今回の件が、その大学だけでなく、アメリカンフットボール界、スポーツ界にとって、マイナスになったことは間違いないことだと思いますが、この件から学び、アメリカンフットボールだけでなくスポーツ全体がより価値のあるものになっていくきっかけになってほしいと思います。

年間の投球数

僕が現役の時、1年間怪我なく投げた2008年のシーズンの年間の投球数を書いてみました。
ここでいう投球数とは、マウンドからキャッチャーが座った状態で投げた投球数です。

2008年のデータになるので、一昔前のデータになりますがプロ野球のピッチャーが1年間でどのくらいの投球数なのか、なかなかわからないと思うので参考にしていただけたらと思い投稿します。

これは僕の投球数であり、これがいいとか、悪いとかではありません。
あくまで2008年に投げた投球数をそのまま書いただけです。
こんなだからダメだったという議論だけではなく、これを踏まえて、これからの選手の役に立ててほしいと思っています。

2008年の総投球数

 

投球数  ゲーム  ブルペン トータル
キャンプ 107球 483球 590球
OP戦  161球 245球 406球
シーズン 913球 1284球 2197球
年間合計 1181球 2012球 3193球

 

これをもう少し詳しく説明します。

・キャンプ
プロ野球は2月1日からキャンプがスタートします。
2008年のキャンプは20日間でした。
1月は1度も投球練習をしていないので2008年の投球は春季キャンプからとなります。
ブルペンでの投球練習は、11回行いました。

その11回の投球練習の投球数は

55球、55球、63球、18球、62球、50球、13球、44球、18球、50球、55球

ピッチング練習は15分と時間で決められていたために多く投げようと思っても60球前後になります。

この11回に紅白戦などのゲームに投げるための準備も含まれています。
18球、13球、18球はそれに当たります。
ここでのゲームとは、バッティングピッチャーと紅白戦(シートバッティング)のことを言っています。
合計3度投げ、ゲームでのトータルの球数が107球でした。

・オープン戦
キャンプが終わり練習試合、オープン戦の期間(約1か月)に入ります。
僕はリリーフピッチャーなので試合で長いイニングを投げることはありませんでした。1イニング以下の登板がほとんどです。
この期間に10試合登板しました。
この期間はあらかじめ登板日が決まっているので登板日以外でピッチング練習をすることはほとんどありません。(1回だけ)
それなのでブルペンとは、1回以外は登板前のピッチングのことです。

・シーズン
シーズンが開幕すると登板は試合展開次第になります。
僕の場合はクローザーを任されていたので基本的にはリードしている試合の最終回に投げます。
シーズン58試合の登板をしました。これはパリーグの6番目の登板数でした。
もちろんブルペンで投げるだけで試合で投げないことも何度もありました。

登板するかは試合展開次第なので月によってかなり投球数に差がありますが、シーズンは約7か月と考えてシーズン中の投球数を単純に7で割ってみました。
1か月平均にすると
約8.3試合
ゲーム約130球
ブルペン約183球
トータル約314球

シーズンが終わってからはブルペンに入って投球練習をすることはなかったので3193球が2008年に投げたトータルの投球数です。

これは日本の中でも、チームの中でもかなり少ない投球数だったと思います。
それは、2008年はボビー・バレンタイン監督だったので投球数は厳しく管理されていたことと、ピッチャーの中ではクローザーが1番、投球数が少ないと思うからです。
投げる場面が限定されているのと、イニングの先頭から投げるのでブルペンでの球数を抑えられます。

2007年はクローザーではなくリリーフとして様々な場面で登板していたので、月間で600球近く投げることもありました。

先発ピッチャーはそれ以上の投球数になっていると思います。

ブルペンで投げることは少ないですがその分キャッチボールを多く行っていました。
キャッチボールの球数はカウントしていないので正確にはわかりませんが、年間通してかなりの時間を費やしました。
これは僕だけでなくプロ野球のピッチャーはアマチュア野球のピッチャーよりもキャッチボールを大切にしているように感じます。
マウンドで投げない分をキャッチボールで練習するという感覚です。

このやり方はアメリカ式のやり方であり世界的に主流になっているやり方です。少なくとも欧米、中南米、南米は投球数を厳しく管理しています。

日本のやり方ではこれよりもかなり多くの投球数になります。

なかなか表に出てこないデータだと思いますが、選手のために参考にできることがあればと思います。
先ずは、自分がどのくらいの球数を投げているのか。指導者であれば、自分のチームのピッチャーがどのくらいの球数を投げているのかを把握し、比較していただければと思います。

プロ選手のスポーツの考え方

これまでスポーツパーソンシップについて何度か投稿してきましたが、すこし角度を変えてスポーツパーソンシップを考えてみたいと思います。

それはプロ選手のスポーツの考え方です。
今まで投稿してきたスポーツとは、違った考えもあるので、スポーツパーソンシップについて考えるきっかけになればと思います。

プロ選手のスポーツに対する考え方は大きく2つ存在しているように感じます。
アマチュアの延長で「スポーツとしてプレーする選手」
アマチュアとは違い、生きるために、あるいはより良い生活を得るために「仕事としてプレーする選手」

この2つを比較してみると

「スポーツとしてプレーする選手」
・スポーツなのでプレーすることを楽しむ。
・いい試合をすることに価値を感じる。
・過程を大事にする。

「仕事としてプレーする選手」
・仕事なので楽しむという発想はない。
・最優先は結果を出すこと。
・チームメートを蹴落としてでも試合に出る。
・勝利至上主義。

この2つの考え方は全く違います。
元々スポーツとは、仕事から離れた遊びのことを言っていた(スポーツとは)ので、スポーツが仕事となるとすこし感覚が変わってしまうのも理解できます。
スポーツを仕事と考える人がいるのも当然だと思います。
一般的には、仕事は、生きるために、あるいは、より良い生活を得るためにすると考える人が多くいます。
もちろんその考え方は、プロの選手も例外ではありません。
自分の生活を守るため、家族を養うためなど、仕事としてプレーをする選手もいます。

これは、その選手の価値観の問題なので、どちらが良いとか悪いとかではなく、どちらの考えもわかります。
これは良い悪いを議論をしても答えが出ないので、お互いの考えを尊重することが大切だと思います。
ここでは、スポーツパーソンシップの考え方でもある、違う価値観の人の存在を認めるということが必要になります。

しかし、仕事としてプレーすると考えても、スポーツをやる以上、スポーツパーソンシップにのっとってプレーしなければスポーツとして成り立ちません。
どちらにしてもスポーツパーソンシップを理解した上で、自分がどのようにプレーするのかを考えなくてはいけません。

プロである以上、たとえ仕事としてプレーするにしても、プロフェッショナリズムを持ち、子供たちや周りの人に影響があるということを自覚する必要はあります。

少なくとも子供が見ている前で「スポーツは楽しむものではない」や「同じポジションの選手を怪我をしろと思って見ている」などのスポーツパーソンシップを無視した発言はするべきではないと思います。
そのような考えを真似る選手が出てくることはスポーツ界にとってはマイナスになるからです。

逆に、オリンピックやワールドカップ、WBCのような日本中が注目するような舞台で惨敗して「楽しんでプレーできました」や「楽しかったです」のような発言もするべきではないと思います。

見ている側にも、お金を貰ってるんだから楽しんでないで、国の代表として、国のために戦えと思う人も多くいると考えられるからです。

そのような場面では、相手や世間の気持ちを想像し発言するというスポーツパーソンシップを通じて身に付けられる力が試されるのではないでしょうか。

仕事としてプレーするということにおいては、アマチュアの選手はプロ選手とは違います。

アマチュア選手は成果によってお金をもらうわけではないので仕事ではないからです。

今まで投稿してきたようにスポーツは優れた人格を育てる手段であり、スポーツを通じて生きていくために大切な力を育むものです。
それにはスポーツパーソンシップの教育が必要であり、スポーツパーソンシップにのっとってプレーするのは、スポーツをする大前提になります。

問題は子供のクラブチームや部活で、選手はアマチュアなのですが、指導者が勝ちを求められ、勝敗によってボーナスが出たり報酬が貰えるようなプロに近いような場合です。
そのような指導者にスポーツパーソンシップについての深い理解があれば問題ないのですが、ない場合に勝利至上主義や選手を酷使させたり服従させたりと本来のスポーツから、かけ離れたことをしてしまうことです。

スポーツは誰のものか?

それを考えなくてはなりません。
スポーツは自らの判断でスポーツパーソンシップにのっとって自由に行うものです。
決してやらされるものではありません。

今回の投稿で何が言いたいかというと、スポーツパーソンシップとは、答えがひとつと言うわけではなく、スポーツパーソンシップを学び、立場や状況を踏まえて、自分で考えることが大切であるということです。
そのスポーツの歴史や文化、慣習などを学び、少しずつ磨いていくのがスポーツパーソンシップです。

トレーニングや技術練習と同じように、スポーツパーソンシップも自分の行いを振り返り、それを踏まえて、次にどのような行いをするのか考えます。それを繰り返し行うことにより、少しずつ身につけていくものです。

今回の投稿が自分と違った価値観や考えを尊重するというような、スポーツパーソンシップを考えるきっかけになればと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

スポーツパーソンシップ教育

今回はスポーツパーソンシップ教育について書きたいと思います。

日本では、スポーツパーソンシップを教えてもらうということはなかなかありません。
スポーツパーソンシップを全く考えずにスポーツに関わっている人も多くいます。

そこに日本のスポーツの問題点があり、スポーツパーソンシップ教育が今後の日本のスポーツのさらなる発展や普及につながるのではないかと思います。

前回の投稿(スポーツパーソンシップとは)でスポーツパーソンシップとは、スポーツの本質であり、スポーツの価値そのものだと言いました。
優れた人格を身に付けるための心構えであり、スポーツを通じて少しずつ身に付ける人格的な総合力であるとも言いました。

スポーツパーソンシップを学ぶことで、スポーツの価値を上げることや人格的な総合力を上げることにつながります。
スポーツを手段に生きていく力を育むことができると言えます。

なぜスポーツパーソンシップを学ぶことで生きていく力を育むことができるのかというと、19世紀後半のイギリスのパブリックスクールでは、「社会的な能力」を身に付けるための教育ソフトとしてスポーツを行っていたと言われています。リーダーシップ教育や中間管理職の人材育成にスポーツを取り入れていました。
これはひとつの例ですが、このことからも社会で必要とされるさまざまな能力や精神がスポーツを通じて身につけることができると言えると思います。

スポーツパーソンシップとは、前回の「スポーツパーソンシップとは」で説明したように、自分を取り巻く様々なものを「尊重する」ということです。

「感情の抑制」「相手に対する思いやり」「フェアプレー」は自分やチームや相手を客観的に見て、尊重することが大切になります。
それにより、自分や他人を冷静に評価することができ、違う立場や価値観の人の存在を認めることができます。

フェアプレーを学ぶことにより、社会のルールを尊重し、フェアに行動することにつながります。

謙虚さを学び、自分を過大評価しないようにするだけでなく、自分自身を把握し、自らの長所を伸ばしながら短所を補うことができるようになります。
負けた時や思い通りにならなかった時に、冷静になって本当の敗因や原因を探り、それを克服するための方法を考え、実践することにより立ち直る力や挑戦する勇気を育むことができます。
この、立ち直る力や失敗を恐れずに挑戦する勇気は生きていく上でとても重要な力だと思います。

また、エモーショナル・リテラシーと言われる、感情に振り回されるのではなく、自らの感情を理解し、使いこなすことができる能力や自己管理能力、自らの感情だけでなく他人の感情を想像できるようになり、思いやり等も育むことができます。

スポーツに参加することで得られる喜びや楽しさを感じ、スポーツの最中、スポーツ後に「自分」「チーム」「相手」を客観的に評価し、振り返り、次に備えて目標を定め、努力をすることで新たなスタートとなり、スポーツにおける燃え尽き症候群の減少にもつながるのではないかと思います。

弱いものいじめせず、フェアプレーを貫き、立派な行いをすることがスポーツであり、違う立場や価値観の人を尊重することにより、いじめや暴力、パワハラ、セクハラ等のハラスメントに対しても効果があるのではないでしょうか。

言い訳や悪口を言ったり、価値観の違う人を攻撃したり、すぐにイライラする人などはスポーツパーソンシップを実践できていないと言えます。

このようにスポーツパーソンシップ教育はスポーツ現場だけでなく、実社会において役に立つと思われる社会性を教育することができます。
スポーツを通じ、選手の身体機能や身体操作を向上させるだけではなく、スポーツに関わる人の、人格、社会を円滑に動かしていく力などの強化もしなければなりません。

優れた人格を育むための方法を広め、スポーツを通じて、生きていくために必要な、知識やスキルを身につける方法を学ぶことがスポーツパーソンシップ教育です。

部活や競技団体、競技連盟が抱える問題の解決策として、ルールを作るということも有効かもしれませんが、スポーツパーソンシップの意義と価値を説明し、スポーツパーソンシップを広く普及させることがもっと大切で本質的だと思います。

長年スポーツに関わってきて、スポーツの素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらいたいと思うとともに、スポーツがさらに魅力あるものになっていくと信じています。
そのためにはスポーツパーソンシップを広め、スポーツの価値、スポーツをする人の価値を向上させていくことが重要であると思います。

スポーツパーソンシップ教育が広まっていくことを願って、数回に分けてスポーツパーソンシップについて書いてきました。

 

最後までお読みいただきどうもありがとうございました。

スポーツパーソンシップとは

前回は「スポーツとは」を説明しました。

今回はスポーツパーソンシップの説明をしていきたいと思います。

僕のスポーツパーソンシップの理解は、実家に貼ってある紙が元になっています。
その紙に書かれていることは以下です。

 

スポーツ宣言

スポーツマンの義務

  1. スポーツマンは完全な忠誠をもってルールの条文とその精神に従わなければならない。どんな状況においても公衆に対し正しい態度を保持しなければならない。
  2.  

  3. スポーツマンは競技の前後、最中において、相手、および審判を尊重しなければならない。
  4.  

  5. スポーツマンは常に自制を保ち、自己の冷静さと尊厳を保持しなくてはならない。勝利のために最善を尽くすが、敗北に伴う落胆を避け、勝利に伴う放漫を諌める。スポーツマンの得る報酬は、努力から生まれる喜びと充実している存在の感情である。

 

《フェアプレーの理念のないところに真のスポーツはない》

 

スポーツマンシップ(スポーツ精神)


感情の抑制

相手に対する思いやり

フェアプレー

 

この文がどこから引っ張ってきたのかはわかりませんが、父親がスポーツをやる上での心構えとして作成し、トイレに貼りました。

この文の理解がスポーツパーソンシップです。

もう少しわかりやすく説明したいと思います。

「感情の抑制」
どんな状況においても自分自身をコントロールして、冷静に物事を見るということです。
勝ちや成功におごらず、また、負けてふてくされたり、落胆することなく次に備えなければいけません。
負けた時、自分の感情を抑えて相手の勝利や成功をたたえ、それに負けないように自分が努力するということです。

「相手に対する思いやり」
相手の素晴らしかったプレーを評価し敬意を持つということです。
自分たちがやられて気分が悪いと感じることは相手にもしてはいけません。
相手あってのスポーツなので、相手に気分よくプレーしてもらい、それでも負けないぞという気持ちでお互いに勝つために全力でプレーします。
プレーヤー、審判、観衆、など、ゲームに関わるみんなでいい試合を作っていくということが大切です。

「フェアプレー」
プレーヤー(味方と相手)、ルール、審判を尊重し全力を尽くすことです。
スポーツにルールができたのは、暴力をなくすことや、相手と条件を同じにするためや、ルールを作ることにより難易度を上げ、より楽しめるようにするためです。
ルールを守ることで、より良い試合ができるようになります。
そのルールを運用し試合を円滑に進めるサポートをするのが審判です。

このような心構えがスポーツパーソンシップです。

さらに「スポーツマンの義務」で書かれているように、スポーツパーソンシップをどんな状況でも守り、周りに対してもスポーツパーソンシップを忘れてはなりません。
「競技の前後、最中において」なのでスポーツをしている時だけではなく、スポーツを離れても自分の周りのさまざまなものに尊重の精神を持つことです。
「good loser(良き敗者)」という言葉がありますが、この言葉はスポーツパーソンシップの中の重要な概念で、思い通りにならなかった時こそ、尊重の気持ちが、より試されます。
そのためには、常に自制を保ち、自分の言葉、態度、表情をコントロールしなくてはいけません。
勝利や成功を目指し全力を尽くし、競い合うことにより多くの価値が得られます。だからといって勝ちや成功におごらず、また、負けて腐らず次に備えなければいけません。
勝ちや成功を目指して努力することが大切で、「スポーツマンの得る報酬は、努力から生まれる喜びと充実している存在の感情である」という部分が僕は、とても重要だと思っています。

スポーツパーソンシップとは、優れた人格を身に付けるための心構えであり、スポーツを通じて少しずつ身に付ける人格的な総合力のことだと言えます。
スポーツに大切なものを尊重し、自らが判断するということは、スポーツをする上で求められる最も基本的な要素です。
その競技の歴史的な成り立ち、伝統を学び、理解した上で、その競技自体を尊重する心を持つ必要があります。

スポーツを楽しむには、弱いものいじめせず、フェアプレーを貫き、立派な行いをし、全力で戦いながら寛容さと遊び心を忘れないことが重要です。

前回の投稿の

スポーツとは

と合わせて考えると、強制されて行うのではなく、自らの判断で行い、スポーツパーソンシップを守り自由にプレーを想像するのがスポーツです。
成果や結果ではなく、勝利や成功を目指して努力する過程こそがスポーツの重要な意味を持ちます。
スポーツパーソンシップとは、スポーツの本質であり、スポーツの価値そのものであると思います。
技術や肉体同様に、スポーツパーソンシップもスポーツを通じて少しずつ身につけていくことが大切です。

問題が起きればルールを作るという考えが多くありますが、スポーツパーソンシップの意義と価値を説明し、スポーツパーソンシップを理解することがルールを作るよりも、大切で本質的だと思います。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

スポーツとは

僕自身、小学校2年生の時に野球チームに入り、野球によって育てられました。
僕の精神や人格は野球を通じて身に付けてきたものが本当に多くあります。
その中心にあるのはスポーツパーソンシップの考え方です。

また、今スポーツの現場で上がってくる問題の解決に、スポーツパーソンシップの理解がないとできない問題が多々あるように感じます。

スポーツパーソンシップは、スポーツの世界だけでなく、学校生活、仕事、社会など、生きていく中で、役に立つことがあると思うので、スポーツをしていない人にも、是非参考にしていただきたいと思います。

これから何回かに分けて、そのスポーツパーソンシップについて発信していきたいと思っています。

スポーツパーソンシップとは、スポーツマンシップのことです。
最近は「ビジネスマン」という言葉を使わずに「ビジネスパーソン」
「スチュワーデス」は「キャビンアテンダント」のように男女を別ける言葉は使わなくなっています。
実際、「スポーツマンシップ」でひとつの単語であり、「man」という単語には「人、人間」という意味もあるので問題はないのかもしれませんが時代の流れを考え、「スポーツパーソンシップ」という言葉を使います。

スポーツパーソンシップを話す前に「スポーツとは何か」を説明しなくてはなりません。
スポーツを知らないでスポーツパーソンシップを理解することはできないからです。

今回はその「スポーツ」の説明をしたいと思います。

スポーツとは、辞書には、
「楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称。陸上競技・水上競技・球技・格闘技などの競技スポーツのほか、レクリエーションとして行われるものも含む。」
と書かれています。

「スポーツ」の語源を調べると、スポーツという言葉は、15世紀前半のイギリスで生まれたと言われてます。

「deporatare(ラテン語)」日常生活の労働から離れた、遊びの時空間。余暇、余技、レジャーといった意味。

そこから「desporter(フランス語)」に転じ、

さらに「disport(英語)」disもport(港・持ち運ぶ)も基本的に「離れる」というという意味。日常生活の労働から離れることを意味する。

disport(u), sporteから、やがて頭音が消失して「sport(s)」となったようです。

19世紀には、ドイツ語、フランス語にも取り入れられ、現在は世界共通語として用いられているようです。

日本の昔の文献では日本語訳として「スポーツ=釣り」と翻訳され、続いて「スポーツ=乗馬」という訳語が現れました。
これは、釣りや乗馬をしていた外国人がスポーツをしていると言ったことからそう書かれたと言われています。

スポーツの意味には「楽しむ・競技」という意味もあり、欧米ではチェスやビリヤードも「スポーツ」として認知されています。

近年では、「eスポーツ」という新しいスポーツもできました。
「eスポーツ(e-sports)」とは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技としています。

つまり、「スポーツ」とは、「競技」「遊戯」「娯楽」「レクリエーション」のことを言っています。

日本人の感覚では、スポーツとは、競技のことを言い、娯楽やレクリエーションといった感覚はあまりなく、ましてや、テレビゲームをスポーツと捉える人はなかなかいないように感じます。

スポーツ=体育と思っている人も多いのではないのでしょうか。
しかし、実際には「スポーツ=sport」「体育=P.E.(physical education)」なのでスポーツと体育は違います。
スポーツは、もともと日常生活の労働から離れることを意味していたことからも、自ら楽しむもので、強制されて行うのではなく自らが判断して行うということが言えます。
このことからもスポーツと体育は、違うということが理解できるのではないでしょうか。

本来、スポーツとは、難しいものではなく、「遊び」と「真剣さ」のバランスによって成り立つ、身近で手軽に参加することができるものなのです。

これが「スポーツ」です。
どのように感じたでしょうか?

本来のスポーツとはすこし違う方向でスポーツをしている人やチーム、団体や協会もあるように感じます。

そして、ここで説明したスポーツをする上での、心構えが「スポーツパーソンシップ」です。
スポーツパーソンシップを守りながら自由にプレーを創造するのがスポーツということになります。

今後、スポーツパーソンシップについても、もう少し詳しく説明していこうと思っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

センスを身につけることの大切さ。

今までたくさんの野球選手を見てきましたが、センスのある選手しかプロ野球選手になっていません。
かなり厳しい言い方をしましたが、これが現実です。
プロ野球の世界で長く活躍するような一流選手は、ずば抜けたセンスをしています。
僕が思う、プロ野球の超一流選手とレギュラークラスの1番大きな差はセンスの差です。
レギュラークラスの選手とベンチ入りの選手の差もセンスの差です。
1軍と2軍の差もセンスの差です。
支配下選手と育成選手の差もやはりセンスの差が大きいと思います。

上のレベルになればなるほどセンスの差がそのまま野球の実力の差になっていると感じます。

なぜなら、

センスがある選手とは、飲み込みが早く、やろうとした動きをより早く身につけます。
センスがある選手が、10回やって身に付けることを「センスがないから100回やって身に付ける」というやり方では、一流選手には勝てません。
一流のプロ野球選手はセンスがあるのに100回かそれ以上やる人間の集まりだからです。
センスがある選手は動きに無駄が少なく、効率的な練習を選択できるので、多く反復することもできます。
多くの反復ができるのでどんどん体力もついていきます。

つまり、「センスのある選手に練習の質でも量でも勝てない」からです。

それが積み重なれば、実力の差も開いていくことが想像できると思います。

もし、10回で身に付けられる選手がいて、その選手を上回りたいと思うなら、9回で身に付けられる人間になるか9回で身に付けられる別のやり方を探す必要があります。

もちろん、100回の反復ができるのも上手くなるための大切な能力の1つですが。

もうひとつセンスがある選手の特徴とは、自分自身で上手くなる環境を整えられることです。
あの試合で上手くなった。あの練習で上手くなった。あの合宿で上手くなった。高校生が甲子園で上手くなった。など、一定の期間に急に上手くなった。成長したという経験をしたことがある。もしくはそういう選手を見たことがあるという方がいると思います。

その一定の期間に急に上手くなったという状況を普段の練習から作り出せる人がどんどん上手くなる、センスのある選手です。
そのような状況にするには、プレッシャーやモチベーションなどいくつかの条件が整わなければなりません。その条件を自分から整えて練習や試合を行うので、より上達や成長に繋がります。

アマチュア選手には、本当に熱心に、長い時間練習し、たくさんトレーニングをし、身体を追い込んでいる選手を見ますが、センスを身に付けて反復することが1番効率的なやり方だと思います。
練習やトレーニングをすればするほど上手くなる。きつい練習をすれば上手くなる。といったような考えを変えなくてはいけません。
繰り返し練習しているにも関わらず、上手くいかなかったときに「まだ足りない。もっとやらなきゃ」という考えになる前に「このやり方ではダメなのか?」という考え方ができるようになれば、今まで見えなかったことが見えてくるのではないでしょうか。

これは努力をしなくてもいいと言ってるわけではなく、センスを磨く努力を一生懸命しようということです。
センスを磨いて、効率的で合理的な努力をすることが上を目指すための努力だと思います。

これは僕が実際に経験して学んだことです。
現役時代、ひたすら走り込みをし、トレーニングをし、数をこなす練習を繰り返しました。
そのエネルギーをセンスを鍛えることに向けていたらもうすこしプロ野球の世界で結果を残すことができたのではないかと思います。
おそらくセンスがある先輩方は僕の取り組みを見て「もっと効率的で合理的な努力をすればいいのに」と思っていたのではないのでしょうか。

今更ながら、気が付くことができたので、僕の気付きがこれからの選手の役に立ってくれたらと思います。

「肘をしならせて投げる」とは?

「しなり」という言葉はバットをしならせて打つや腕をしならせて投げるなど野球でよく聞く言葉です。
実際に僕も、小さいころから肘をしならせて投げるように言われて育ってきました。
しならせて投げるイメージで成績を残しているプロ野球選手もたくさんいます。

しかし、いろいろな選手を見る中で、肘をしならせようとして投げることによって、うまく身体を使えていない選手も数多くいるように感じます。

本当に「肘をしならせて投げる」という投げ方は理想の投げ方なのでしょうか?

まず、理解しなければならないことは、野球でよく使う「しなる」というのは、しなっているわけではなく自分の感覚や見た目の感覚を言葉にしているだけです。
実際は「しなっているように見える」ということです。

例えばペンを軽く持って振るとペンが曲がって見える現象があります。しかし実際にはペンは曲がっていません。それに近い感覚でしょうか。

目で追えない速さになってしまうと、しなっているように見えてしまいます。
投球時の腕の動きは高速のため、しなっているように見えてしまいます。
小学生がどんなにいいフォームで投げても、プロ野球選手のように、しなっているようには見えません。
逆に150キロを超えるボールを投げて、しなって見えない選手を見たことがありません。

投球を動画撮影してみると、しなって見えるのもカメラの性能の問題で速く動いている部分の映像がぼやけてしなって見えているだけです。
スマートフォンで投球フォームを撮影し、それを見てみると、いつもよりもしなっているように見えるのはそのためです。
昔の携帯電話のカメラ機能よりかは格段に進歩しているとは思いますが、投球時の高速で振られる腕はどうしても、しなっているように見えてしまいます。

プロ野球中継を録画してスローで再生して見てみると、やはりバットや腕がしなって見えます。
球場にもっと性能のいいカメラを持っていき、撮影することはできないのかと思い、質問してみたのですが、野球場で使うカメラはとても性能のいいカメラみたいです。

では、なぜ腕がしなって見えるのか?

実際に撮影された映像データは、膨大なサイズのファイルになっているので、映像データを圧縮してテレビ等で放送します。そうすると、早く動いている部分の映像が荒くなってしまい、しなって見えてしまうそうです。
実際に撮影したサイズで映像をスロー再生して見たら、そこまでしなって見えないそうです。
それなので、テレビやYouTubeなどで投手の映像を見ると、ファイルのサイズを小さくしているため、どうしてもしなって見えてしまいます。
これは、プロ野球引退後、テレビ関係の会社に勤め、映像等を編集したりもしている、千葉ロッテマリーンズでチームメートだった山本徹也氏に聞きました。

「しならせろ」と言う指導は、「実際の動きとは違う感覚のことを言っている」ので全く理解できない人もいるので注意が必要です。
感覚を感覚で教えるというのは、僕の考えている指導レベルの最高レベルの指導になります。(例えば、長嶋監督が松井秀喜さんにしていた、擬音を使った指導)
この指導でお互いが理解ができるレベルは理想ではあります。
しかし、この指導は、プロ野球のレベルでも、指導者の伝えたいことがなかなか正確に、選手に伝わらないので、大人が中学生や高校生に指導するときやプロがアマチュア選手に指導するときには適していないと思います。

現場で肩や肘が痛いという選手と話すと「しならせる」というのを上手く理解できていないことが多いと感じます。

しならせて投げようとして、肘を先行させ過ぎて、手が遅れると、肘への外反ストレスが増え故障に繋がります。
肘だけでなく、肩関節を上手く固定するのも難しくなり、肩の故障のリスクにもなります。
また、しならせようとし、手首を伸展することや尺屈する(手首が寝る)ことにより、肘を守るための筋肉である屈筋回内筋群(特に尺側手根屈筋)が機能しにくくなり、内側側副靭帯損傷、骨が成長しきっていない子供なら裂離骨折(靭帯より骨のほうが弱いため靭帯を損傷する前に、骨が剥がれる)、等の選手生命を左右するような重大な故障につながります。

例えば、「もっと腕をしならせて投げろ」と指導されたときに、
「あっ!力が入りすぎてるのか。もっと胸を緩めてRSSC(回旋系伸張反射)を使ってしなやかに投げたほうがいいってことね」
といったように、自分のフォームを客観的に見ることができ、アドバイスをくれた人が、「こういうことを言っているのか」とイメージを作れる人には問題ない指導だと思います。

しかし、そこまで考えられない選手には、危険性がある、教え方だと思います。

指導者は、選手の、自分の動きを正確に判断できる能力や自分の評価がより正確にできる能力といった「客観的に見る能力」を把握する必要があります。
その能力のレベルに合わせて指導方法を調整しなければ、正確に伝えたいことが伝わらない可能性がでてきてしまいます。
もちろん、選手の客観的に見る能力を伸ばすことも大切になります。

「肘をしならせて投げる」という指導は、「実際は、しなっているわけではなく、しなって見えている」という、自分の感覚や見た目の感覚を言葉にしているだけだということを理解して使わなければなりません。
教える対象のレベルに応じて、柔軟に指導方法を変え、その中で「しならせる」という言葉が選手の成長につながると判断したら、使うことが選手のためになるのではないでしょうか。

明確な目標・目的のある練習。(投球時の体重移動)

僕は以前から上手くなりたければ、明確な目標・目的を持って、それを理解した練習やトレーニングをすることが大切と言ってきました。
練習メニューやトレーニングメニューをどのように決めるのかを、投手の投球を例に、もっと具体的に説明しようと思います。

投手のスキルには、フィールディング、けん制、スタミナ、リカバリーなど、投球以外にもたくさんありますが今回は、投球のパフォーマンスを向上させるということに焦点を絞り考えていきます。

投手がパフォーマンスを向上させるには、以下のことがひとつでも向上したら必ずパフォーマンスが向上します。
しかし、これには条件が付きます。
条件とは、ひとつを向上させたときに他がマイナスにならなかったらということです。
(簡単に書きましたが、実際はこれがかなり難しい。マイナスを考えられるのは大切な能力)

今回はそのマイナスは頭から外して話を進めます。

投球パフォーマンス向上に必要なこと

  1. 体重移動の速さの向上。体重移動の方向の向上。
  2. 前足(踏み出した足)の着地の安定。
  3. 身体の回転速度の向上。
  4. 腕と肩甲骨(腕と体幹)の協調。
  5. 支点からの距離をできるだけ離したリリースポイント。
  6. フォームの再現性の向上。
  7. 力の伝達の向上。

僕が投手の練習メニューやトレーニングメニューを決めるときに必ず意識していることです。
この中からどこをターゲットにするのかを決めて、練習やトレーニングを考えていきます。

今回は上記の「1・体重移動の速さの向上。体重移動の方向の向上。」を例に説明したいと思います。

投球において、体重移動(重心移動)はとても重要です。
球のスピードには、体重移動の速さが大きなウエイトを占め、打者が感じる球威やコントロールには体重移動の方向が大きく関わってきます。

先ず、体重移動の速さを向上させることを考えてみます。

速さなので、小学生の算数でやった「は・じ・き」を思い出してください。

速さ = 距離 ÷ 時間

つまり、より長い距離をより短い時間で移動できれば速度が上がるということです。

そのためにはどのようにしたらいいのかを考えなくてはなりません。

メカニック(投球フォーム)を変更する。
瞬発力(スピード)を向上させる。
筋力(パワー)を向上させる
コンディションを整える。

やり方はたくさんあります。

例えば、投球フォームを変える、と考えたときに、理想とするフォームを決め、そのフォームを目指すにはどうするのが良いのか、さらに考えます。

身体操作を身に付ける。
投げ込みをする。
体重を上げる。または、減らす。
筋力をつける。

これもいろいろと考えられます。

さらに細かく考えていくことが必要になります。
例えば、身体操作を身に付けるには、柔軟性が必要だったり動作の教育が必要だったりします。
そのためには「じゃあこの練習やこのトレーニングをやろう」と決まるわけです。

そうなって初めて明確な目標・目的のあるトレーニングになります。

体重移動の方向を良くするのも同じような思考で考えていくことが重要になります。
どのようにしたら投球方向に体重移動できるのかを考え、やるべきことを決めていきます。
いくら体重移動の速度が上がってもその方向が投球方向と違っていては十分に体重移動の速度を活かすことができません。
それだけでなく、打者が感じる体感速度やコントロールも体重移動の方向が影響します。

体重移動の速さと方向を向上させると考えるだけでも数えきれないほどの選択肢があります。
その無数にある選択肢から的確に今の自分に合った練習やトレーニングを選ぶことが上達につながります。

どんどん上手くなる選手はこれを当たり前に行っています。
当たり前なので深く考えなくてもできています。
それだけではなくこの作業を反対からもできます。
どのようなことかというと、練習が決められているときになにげなくその練習をするのではなく、この練習は自分のここを向上させるためにすると決め、だからこうする。と自分から明確な目標と目的を設定して練習します。
それはキャッチボールのような単純な練習でも同じようにやるべきことを明確にしています。
このような思考の差から同じ練習を与えられても得られることに差がついていきます。
野球のようなチームスポーツでは、練習メニューが決められていることが多いので、自分からメニューを決められることも、決められたメニューの中で自分なりの目標や目的を決めて練習することも、どちらも重要になります。

今回は、投球における、体重移動についてを例に、話を進めましたが、練習だけでなく、普段の生活から上手くなるためにはどうしたらいいかを考える習慣を持つことが重要です。
一生懸命、練習やトレーニングをする前に明確な目標と目的を持つことにより、同じ練習メニューやトレーニングメニューをしても得られる成果が変わってくると思います。

選手ファースト(武雄ボーイズ)

武雄ボーイズでは、選手ファーストのチーム作りをしています。チームの中心は選手であり、選手のためのチームを作りました。

常に、どうすることが選手のためになるのかを考えています。
その大前提にあるのが「健康、安全を最優先する」ということです。日本のアマチュア野球では、優先順位が高くないことがよくあります。しかし、選手を1番に考えたら優先順位は最も上になければならないと考えています。
健康、安全を考えた上で、選手をどう成長させるかを考えています。

指導者の方針として、「選手あっての指導者である」ということを共通理解をしています。選手へのリスペクトを忘れないで、指導者も選手と一緒に考え、共に成長することを目指しています。
成長しない責任は指導者にあり、すぐに根性論やメンタル論で片付けずに、論理的に分析し、しっかりとした技術を身につけさせるようにしています。

僕が考える、技術を身につける上で最も必要なことは「夢中になる」ということです。
選手が時間を忘れて夢中になって取り組める1番簡単な方法は楽しませることです。そのためには選手が自分の意志で価値を見出し自分から行動することが大切になります。
選手がミスを恐れずに、新しいことにどんどんチャレンジできる雰囲気を作り、選手がやりやすい、夢中になって楽しめる環境になるように全員で努力しています。

そのような環境の中でどのように選手を指導していくのかというと、
指導者は選手を「知っている」の状態ではなく、「理解している」の状態にするような指導をします。頭ごなしに「ああやれ、こうやれ」と教えれば「知っている」という状態は作れると思います。しかし、本当に役に立つようにするには、理解をし、自分に合った自分なりのやり方に変えて初めて自分のスキルになると考えています。自分の頭で理解できなければ、応用することも難しくなります。また、質問されたときに、説明することもできません。
深く理解してもらいたいので、返事を「はい」だけでは終わらせないで、本当に理解しているのかを確認するようにしています。また、自分の言葉で伝えることにより、さらに理解が深められるので、選手どうしで教え合い、アドバイスし合うようにしています。

具体的には、指導者に「求めているのは選手に良い質問をすることで、技術指導は一切求めていません」と伝えています。
例えば、
「なぜ上手くいかなかった?」
「どうすれば上手くいく?」
「どんな練習をする?」
「どのくらいの期間でできる?」
「手伝うことはある?」

このように選手に考えさせるような質問を繰り返して選手を導くやり方です。
また、
「今日の目標は?」
「今日なにしたい?」
「課題は?」
といったような質問を繰り返すことにより、選手はグランドに入った時には、なにをするべきか内容が頭に入っていて、課題を認識している状態に導いていけると思っています。
それができれば、練習の質があがり、短時間での内容の濃い練習に変わっていくと思います。

選手同士、選手と指導者、指導者同士が常に、自分の考えを意見できる会話の多い環境を作るようにしています。

また、選手のデータを集めて違いに気付くように、どのくらい成長しているのかを判断できるようにしています。
そのデータや指導内容を指導者同士で共有するように心がけています。

実際に行っている具体的な普段の練習内容は、
選手が自ら考え行動するために、アップは各自で行い、ラダーやミニハードルなどを使ったドリルは「こういうメニューがあるよ」というのを教えてそれを踏まえて自分たちでメニューを選ぶようにしています。
練習の中に自主練習を積極的に入れていき、選手がコーチに「ノックを打ってください」「バッティングしたいので投げてください」のように選手が自ら考え大人がその練習に協力するという環境を作っています。
まだチームができて間もないので、決してレベルの高い練習ができている訳ではありませんが、選手の自主性は育ってきていると実感しています。

僕が考える選手の評価は

  1. 自主性が身についてなく、どのような練習をするべきか指示を出してくれる人がいないと練習できないレベル。
  2. 自主性が身についていて、やる気、向上心もあるが、練習のやり方や練習メニューを理解できないレベル。
  3. 自主性が身についていて、練習のやり方や練習メニューを理解しているので指示があればしっかり練習できるレベル。
  4. 自主性が身についていて、選手が自分の練習メニューを、作成、実行、評価、再構築できるレベル。

卒業の時には「4」のレベルに持っていきたいと思っています。そこまでいけば、自分から成長できる選手なので、同じ思考方法で、野球に限らず、本人が目標に定めた分野で活躍が期待できる人になると思っています。
逆に「1」のレベルの選手は、社会に出るとなんのために働いているのかわからない、指示がないと何もできない、というような人になると想像できます。

選手ファーストのチーム作りはこれからの時代を生きていく力を身につけるのに適したやり方だと思います。
野球を通じて、優れた人格を身につける。生涯学習できる人を育てる。という指導理念には、欠かすことのできないやり方だと思っています。

本当に上手くなっているのか?(アマチュア野球界の現状)

今やっている練習で本当に上手くなっているのか?
選手のためになっているのか?
それを見極めなければなりません。

現状、選手にとってマイナスな指導や練習がかなり多いと感じます。

個人差はありますが年齢が20代前半くらいまでは身体が成長するのでマイナスな練習でも身体の成長が上まわりトータルでパフォーマンスは伸びます。
しかし、自分の現状にあった練習を選択できない選手や上手くなる練習を知らないでマイナスな練習を繰り返す選手は身体の成長が止まったらどんどん下手になっていきます。

アマチュア野球の現状を見てみるとこのケースが非常に多いように感じます。

その証拠に社会人野球を見てみるとほとんどが辞めていく選手と入ってくる選手を比較した時に辞めていく選手の方が実力が下です。
それは年齢的に身体の成長が止まる社会人野球選手がパフォーマンスを向上させることができる練習に取り組めないため、入社した時よりも下手になっているからであると考えられます。

大学生でも1、2年生で活躍した選手が3、4年生で活躍できなくなるケースを目にすることがよくあります。
怪我などの例外はあるものの、大学3、4年というのはちょうど身体の成長が止まる、もしくは緩やかになってくる年齢です。
年齢やその時の状況にあった練習ができていない。今までマイナスな練習を繰り返していたが、身体が成長していたのでトータルでパフォーマンスが上がっていた選手がその練習で上手くなったと思い込み、同じ練習を繰り返し、身体の成長というアドバンテージを失い、下手になっていっている証拠ではないでしょうか。

野球という技術や経験が重要になる競技のキャリアのピークが20歳そこそこになるというのは考えなくてはいけないことだと思います。

もうひとつ問題なのが、そのことに気が付いていないので今までのやり方を変えられないことです。
小学1年生からどんなに変な練習をしても6年生になれば1年生の時よりもパフォーマンスが上がっているのは想像がつきます。
中学生もたいして練習していなくても、中学3年で卒業する頃に中学入学時よりパフォーマンスが上がってる選手がほとんどではないでしょうか。
高校生も小学生や中学生ほどではないですが、入学時よりも卒業時の方がパフォーマンスは高くなっていると思います。
それは身体の成長によるものが大きなウエイトを占めているからだと思います。

見極めは簡単ではないと思いますが、練習によってパフォーマンスがどのくらい伸びているのか。
身体の成長によってパフォーマンスがどのくらい伸びているのか。
それぞれを別々に見極め、考えなければなりません。

マイナスな練習ではなく、パフォーマンスを上げる練習をするためには、
選手それぞれが、明確な目標を定め、今やっている練習やトレーニングの目的を理解する。
そしてその練習やトレーニングを客観的に振り返り、評価をし、それを踏まえて次の練習やトレーニングを決めていく。
このような作業を繰り返し行う必要があります。
身体の成長が止まった後もパフォーマンスをどんどん伸ばしていくプロ野球選手などはこの能力が極めて高いように思えます。

アマチュア野球の現状は、自分の練習や行動の振り返りができ、それを踏まえて、自ら練習やトレーニングを選択できる選手をほとんど育てられていない。
ここにアマチュア野球の伸びしろがあり、まだまだ選手も指導者も成長できると感じています。

僕自身も、自ら考えて行動できる自立した選手を育てられるよう、また、より良い野球界になるように微力ながら努力していきたいと思います。

球数制限

ボーイズリーグは連盟が投球制限を設定しています。

武雄ボーイズでは、それに加えて、選手の身体を守るために独自の球数制限を作っています。
ルールにして、それに従うことでわかりやすく選手の肩や肘を守ることができると考えました。
僕の考える球数制限は、試合の勝利よりも選手の身体や将来を第一に考えているという前提から成り立っているということを理解していただきたいと思います。

先ず、球数制限がなぜ必要なのか?それを考えたいと思います。
・選手の健康が最優先されるべきだから。
・選手の肩肘の故障が多すぎるから。
・中学生は特に選手の実力に差があるため限られた選手の酷使が起こりやすいから。
・投げ過ぎを見極めるのが難しいから。
・勝負である以上どうしても勝ちたいという気持ちが出て、無理をさせてしまうから。
・ルールなら守らざるえないから。
・「大丈夫です。まだ投げられます。」と言う選手を止められるから。

このようなことがあげられます。

ボーイズリーグの連盟の投球制限は
・1日7イニング以内とし、連続する2日間で10イニング以内とする。
・練習の中での全力投球は、1日70球以内、週350球以内とする。また週に1日以上、全力による投球練習をしない日を設けること。

これが連盟の出している投球制限です。

この連盟の投球制限の不足分を補いたいと思い独自の球数制限を作りました。
不足分とは、選手の成長段階やフォームは一切考慮されないので人によっては投げ過ぎになってしまいます。
7イニング以内なら何球でも投げられてしまうということもあります。
これを補うために独自の球数制限を加えました。

武雄ボーイズ独自の球数制限は
・1人の投手が投げられる球数は、1イニングの投球数から10を引いて、その球数の合計が25球までとする。(例えば、毎イニング15球だとしたら5イニング投げられる)

・打者の途中で球数制限に達した時はその打者までとする。

つまり、1イニング10球以内なら何イニングでも投げられることになります。(連盟のルールで7イニングしか投げられないので最高でも95球)

なぜこの球数制限にしたのか理由を説明します。

僕は、投手が故障をする1番の原因はフォームにあると考えています。
そのため、故障をしない1番の方法は「いいフォームで投げること」であると思っています。
そのいいフォームとは、
・可動域が確保されていて、極力、代償運動をしないフォーム。
・バランスのいいフォーム。
・身体機能、身体操作が十分にできているフォーム。
・腕に頼らないフォーム。

非常に簡単にですがこのようなフォームをいいフォームと考えています。
選手には、いいフォームを身につけてほしいと思っています。

いいフォームで投げていなくても成長が早く身体が大きい選手はスピードは出せます。
しかし、いいフォームで投げていないとなかなかコントロールはつきません。コントロールのない投手は球数が増えてしまいます。
つまり、この投球制限は、いいフォームを身につけた選手でなくては多くイニングを投げられないようになっています。

ただボールを投げさせないで故障を防ぐだけでは選手の将来のためには十分ではありません。パフォーマンスを上げることも必要です。
そのためには、極端な話をすると絶対に故障しない、疲労しないのであれば、数多く投げた方が上手くなる可能性は上がると思っています。
故障のリスクが低い、いいフォームの選手ほど多く投げることができます。
選手の身体を守りつつ、よりパフォーマンスをあげられるように考えました。

これは、選手がどうしたらいいフォームを身につけられるのか、という考えに導きやすいという面もあります。

また、どんどんストライクゾーンで勝負するという方向にも繋がるのではないかと思います。

見た目ではいいフォームで投げられていても、筋肉が関節を守る働きをしているので疲労で筋肉が働かなくなると故障のリスクは上がります。
ピッチャーはイニング間に疲労を回復させながら投げています。1イニング10球以内ならイニング間にある程度筋肉の疲労を回復させられると思います。
1イニングの球数が増えればそれだけイニング間の筋肉の回復が間に合わなくなり、関節に負担が掛かります。
1イニングの球数が多くなるほど球数制限に近づくので、筋疲労による関節の負担を減らせます。

さらに、経験上、疲れている時や不調時に多くの球数を投げることで故障のリスクが上がるということを感じています。
故障をしないピッチャーは「違和感があるから投げない」という判断が優れています。
その判断力が身についていなくても、この球数制限は、不調時に球数を多く投げるのが難しいルールにもなっています。

このようなことからこの球数制限を決めました。

しかし、球数制限は、僕の本意ではありません。本来は指導者や選手自身がこれ以上は危険と予測して球数やイニングを決めるべきだと思っているからです。制限があるからといって選手の状態を見極める努力を怠ってはならないと思っています。
球数制限はありますが、この制限は上限であり、選手を見極める能力は必要です。制限に到達しなくても危険と感じたら止めることができなくてはいけません。指導者の目が完璧なら制限はいりません。指導者はその完璧な目を身につけることを目指して努力しなくてはなりません。

この球数制限は、ベストではありません。まだまだ改善の余地があります。そのように思っています。
情報を集め、探究を続け、選手にとってより良い環境を作っていきたいです。